第3話 くーちゃん

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/17 📚 シリーズ: 魔王様、結婚してください 📝 2,384文字 ✅ 全年齢

あらすじ

魔王城は三ヶ月で陥落した。 犯人は聖女だった。 魔王に一目惚れした聖女アリアは、毎日魔王城へ通い続ける。 「好きです!」 「結婚してください!」 今日も元気に告白するアリアと、 「帰れ」 と言いながら追い返せない魔王ゼノ。 気付けば門番も、侍女も、くーちゃんも、そして魔王城まで少しずつ変わっていく。 これは、 好きだから会いたい。 好きだから会いに行く。 ただそれだけを続けた聖女と、 不器用な魔王の優しい恋のお話。 🌸🏰🖤 疲れた日に少しだけほっこりできる、 花と綿毛ともふもふの異種族ラブコメです。

本文

第3話 くーちゃん

魔王城には、いくつかの不思議がある。

空を飛ぶ魔物。

喋る植物。

夜になると歌い出す精霊。

そして。

魔王城の廊下を全力で駆け回る、真っ黒なもふもふ。

「くー!」

元気な鳴き声が響いた。

次の瞬間。

黒い毛玉が白い影へ向かって一直線に飛んでいく。

「あっ」

アリアが振り返る。

そして。

どーん。

「きゃっ」

小さな衝撃と一緒に、真っ黒なもふもふが腕の中へ飛び込んできた。

「くーちゃん!」

「くー!」

嬉しそうだった。

青い瞳がきらきらしている。

小さな翼がぱたぱた動く。

小さな角もぴこぴこ揺れる。

アリアは笑う。

くーも嬉しそうだった。

見ていた門番は思う。

可愛い。

とても可愛い。

しかし。

本来なら恐怖の対象である。

黒い毛並み。

角。

翼。

青く光る瞳。

種族不明。

危険度不明。

少なくとも初見なら逃げ出す見た目だった。

だが現在。

「あーちゃん!」

状態である。

◇◇◇

始まりは。

アリアが魔王城へ通い始めた頃だった。

まだ誰も慣れていない頃。

まだ門番も警戒していた頃。

まだガルドの胃が今ほど痛くなかった頃。

中庭で。

アリアは黒い毛玉を発見した。

「あら?」

真っ黒だった。

丸い。

もふもふ。

転がっている。

生きている。

アリアはしゃがみ込んだ。

毛玉も見上げた。

青い瞳がぱちぱち瞬く。

「可愛いですね」

「くー」

鳴いた。

さらに可愛い。

アリアはすぐに笑顔になった。

「お名前なんですか?」

その時だった。

ちょうど通りかかったゼノが答える。

「ない」

アリアが固まる。

「えっ」

「ない」

「お名前がですか?」

「ない」

ゼノは淡々と言う。

本当にないからだ。

魔族にとって魔物は種族で呼ぶものだった。

名前を付ける文化がない。

だから。

ない。

アリアは毛玉を見る。

毛玉もアリアを見る。

数秒。

見つめ合う。

「くー」

毛玉が鳴いた。

アリアはぱっと笑った。

「くーちゃんですね!」

決定した。

その場で決定した。

反対者はいなかった。

なぜなら誰も考えていなかったからである。

こうして。

魔王城の謎生物は。

くーちゃんになった。

◇◇◇

現在。

「くーちゃん」

「くー!」

「いいお名前ですね」

「くー!」

くーちゃんはアリアの膝の上にいた。

完全に懐いている。

というより。

大好きだった。

アリアが来る。

↓

飛び付く。

↓

抱っこされる。

↓

満足する。

いつもの流れである。

「今日も仲良しですね」

通りかかった侍女が微笑む。

「はい!」

アリアも嬉しそうだった。

くーちゃんも嬉しそうだった。

侍女は思う。

魔王城で一番平和な空間かもしれない。

◇◇◇

くーは。

もともと魔王城にいた魔物ではない。

ある日。

ゼノの寝室に現れた。

黒い塊だった。

ビー玉くらいの大きさ。

ころん。

と転がっていた。

ゼノは見た。

そして。

「……」

放置した。

害がなかったからである。

翌日。

少し大きくなった。

放置した。

さらに翌日。

もっと大きくなった。

放置した。

結果。

今に至る。

ガルドは思う。

魔王様はたまに大雑把である。

◇◇◇

執務室。

「ゼノ様」

「なんだ」

「外が騒がしいようですが」

「そうか」

「確認なさらなくて?」

「アリアだろう」

即答だった。

ガルドは黙った。

否定できない。

たぶん正しい。

というか。

ほぼ正しい。

「くーもいる」

ゼノが付け加える。

「なぜ分かるのです」

「静かだからな」

「なるほど」

なるほどではなかった。

ガルドは思う。

最近。

少しだけ。

少しだけだが。

ゼノがアリアのことを把握し始めている。

本人は無自覚だろう。

だが。

毎日来る。

毎日喋る。

毎日笑う。

そして毎日帰る。

気付けば。

それが当たり前になっていた。

魔王城の誰にとっても。

そして。

たぶん。

ゼノにとっても。

◇◇◇

庭園では。

アリアがくーちゃんを抱き上げていた。

「今日は何して遊びますか?」

「くー!」

元気いっぱいだった。

小さな前足を伸ばす。

ぺた。

アリアの頬に触れる。

「ふふっ」

アリアが笑う。

くーも嬉しそうに鳴く。

「あーちゃん!」

突然だった。

アリアが固まる。

「え?」

「くー!」

得意そうだった。

どうやら最近覚えたらしい。

「あーちゃん?」

「くー!」

嬉しそうだった。

アリアは少し考えて。

そして笑う。

「はい。あーちゃんですよ」

くーは満足そうだった。

◇◇◇

春風が吹いた。

花壇の花が揺れる。

白い花。

淡い青の花。

少しずつ増えている花達。

アリアが植えた花。

そして。

誰かが植えた花。

「増えてますね」

アリアが呟く。

「くー?」

「お花です」

誰が植えたのだろう。

分からない。

でも。

少し嬉しかった。

花が好きな人が。

増えたのかもしれない。

◇◇◇

しばらくして。

くーちゃんを抱えたまま、アリアは執務室へ向かう。

途中で花を見る。

途中で侍女と話す。

途中でくーちゃんを撫でる。

寄り道だらけだった。

それでも。

最後にはちゃんと辿り着く。

コンコン。

「アリアです!」

「入れ」

返事が終わるより少し早く。

扉が開いた。

「来ました!」

今日も元気だった。

ゼノは書類から顔を上げる。

そして。

アリアの腕の中を見る。

「……」

「くー!」

くーが前足を上げた。

「くーちゃんも来ました!」

「見れば分かる」

「一緒です!」

「そうか」

アリアは嬉しそうに笑う。

くーちゃんも嬉しそうだった。

「まーさ!」

静寂。

アリアが固まる。

ガルドが固まる。

ゼノも固まった。

「……」

「……」

「……」

「まーさ!」

もう一回言った。

くーは得意そうだった。

アリアが瞬きをする。

「くーちゃん」

「くー!」

「それ」

少し考える。

「魔王様……の略ですか?」

「くー!」

肯定らしかった。

アリアが吹き出す。

ガルドは天井を見た。

「いつ覚えたのですか……」

「くー!」

本人も分かっていなさそうだった。

ゼノは無言だった。

静かな執務室に。

花の香りと。

明るい声と。

小さな鳴き声が増えた。

最近は。

そんな時間が少しずつ増えていた。

そして。

それが当たり前になり始めていた。

ガルドは思う。

たぶん。

もう遅い。

少なくとも。

くーちゃんは完全に陥落している。

「まーさ!」

「……」

まず間違いなく。

一番最初の被害者だった。

(第4話 なぜ追い返さないのです へ続く)🌸🖤🐈‍⬛✨

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作者について

ひふみん

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