第9話 死ななくても痛いじゃないですか!!

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/23 📚 シリーズ: 魔王様、結婚してください 📝 2,345文字 ✅ 全年齢

あらすじ

魔王城は三ヶ月で陥落した。 犯人は聖女だった。 魔王に一目惚れした聖女アリアは、毎日魔王城へ通い続ける。 「好きです!」 「結婚してください!」 今日も元気に告白するアリアと、 「帰れ」 と言いながら追い返せない魔王ゼノ。 気付けば門番も、侍女も、くーちゃんも、そして魔王城まで少しずつ変わっていく。 これは、 好きだから会いたい。 好きだから会いに行く。 ただそれだけを続けた聖女と、 不器用な魔王の優しい恋のお話。 🌸🏰🖤 疲れた日に少しだけほっこりできる、 花と綿毛ともふもふの異種族ラブコメです。

本文

第9話 死ななくても痛いじゃないですか!!

朝。

神殿の支度部屋。

白いカーテンが春風に揺れていた。

鏡の前に座るアリアの髪を、侍女が丁寧に梳いている。

長いクリームブロンドの髪。

今日はまだ途中だった。

「今日はどうしましょうか」

「楽しみです!」

アリアは笑う。

今日もゼノに会えると思っていた。

侍女は髪をまとめる。

白い花を一輪。

手に取る。

その時だった。

ふわり。

窓辺に光が現れる。

精霊だった。

「精霊さん?」

アリアが笑う。

だが。

様子がおかしい。

落ち着かない。

ぐるぐる飛ぶ。

何度も何度も。

アリアの周りを回る。

「どうしたんですか?」

精霊は答えない。

代わりに。

窓の外へ飛ぶ。

そして戻る。

また飛ぶ。

戻る。

何度も。

何度も。

まるで。

どこかへ連れて行こうとしているみたいに。

アリアは立ち上がる。

精霊はさらに強く光る。

窓の外。

魔王城のある方角へ飛ぶ。

そして振り返る。

待つように。

呼ぶように。

もう一度飛ぶ。

「……」

アリアの胸がざわついた。

理由は分からない。

けれど。

嫌な予感がした。

「……ゼノ様?」

光が大きく揺れた。

肯定するみたいに。

アリアの顔から笑顔が消えた。

「ゼノ様!?」

立ち上がる。

「アリア様!?」

侍女が驚く。

まだ髪は途中だった。

花も付いていない。

飾りもない。

ただ下ろしただけの長い髪。

そんなことを気にする余裕はなかった。

「ごめんなさい!」

アリアは飛び出した。

精霊達が先導する。

春風みたいな綿毛は。

初めて必死に走った。

◇◇◇

魔王城。

空気がおかしかった。

いつもと違う。

門番達が慌ただしい。

侍女達も走っている。

誰も笑っていない。

「ゼノ様は!?」

アリアが叫ぶ。

門番が目を見開く。

「アリア様――」

「ゼノ様はどこですか!」

返事を待たない。

走る。

走る。

走る。

途中。

担架が見えた。

血の付いた布。

欠けた鎧。

治療師達。

嫌な予感だけが大きくなる。

◇◇◇

扉を開けた。

そして。

見た。

血。

包帯。

横たわるゼノ。

動かない。

「え?」

理解が追いつかない。

「え?」

もう一度。

「え?」

何を見ているのか分からなかった。

だが。

少しずつ現実が形になる。

怪我をしている。

それも。

かなり。

「アリア様」

ガルドの声。

「落ち着いてください」

「……」

「大丈夫です」

「……」

「死にません」

「……」

「魔王様ですから」

周囲の魔族達も頷く。

「自己再生があります」

「傷は塞がります」

「命に別状はありません」

「すぐ治ります」

皆そう言う。

安心させようとしている。

分かる。

分かるけれど。

「そういう話じゃないんです!!」

初めてだった。

アリアが叫んだのは。

皆が息を呑む。

アリアの目から涙が落ちた。

「そういう話じゃないんです……!」

震えている。

肩も。

声も。

全部。

「死ななくても痛いじゃないですか!!」

誰も言葉を返せない。

「苦しいじゃないですか!!」

涙が止まらない。

「怪我するじゃないですか!!」

ぽろぽろ落ちる。

「傷付くじゃないですか!!」

今まで。

怒ったことがない。

苛立ったこともない。

そんなアリアが。

初めて感情をぶつけていた。

◇◇◇

アリアはゼノの傍へ駆け寄った。

震える手で触れる。

そして。

治療を始めた。

聖なる光が溢れる。

傷が塞がる。

包帯が赤く染まる速度より。

治癒の光が速かった。

それでも。

アリアは止まらない。

額に汗が滲む。

呼吸が乱れる。

頬から血の気が引いていく。

それでも。

光は弱まらない。

周囲の治療師達が顔を見合わせる。

誰も声を掛けられない。

アリアには聞こえていなかった。

今。

目の前の人しか見えていなかったからだ。

「アリア様!」

ガルドが声を上げる。

「限界です!」

「まだです!」

「自己再生しています!」

「まだです!!」

止まらない。

光が溢れる。

魔力を注ぐ。

さらに注ぐ。

もっと。

もっと。

治したい。

違う。

痛いのを消したい。

苦しいのを消したい。

それだけだった。

◇◇◇

「アリア」

かすれた声。

ゼノだった。

アリアが顔を上げる。

涙でぐしゃぐしゃだった。

「嫌なんです」

小さな声。

「嫌なんです……」

肩が震えている。

「もっと会いたいんです」

「もっと話したいんです」

「まだ足りないんです」

「もっと一緒にいたいんです」

ぽろぽろと涙が落ちる。

「だから」

「傷付かないでください……」

「痛いの嫌です」

「苦しいの嫌です」

「ゼノ様が痛いの嫌なんです……」

震える声。

子供みたいな声だった。

「皆さん大丈夫って言うんです」

「死なないって言うんです」

「魔王様だからって言うんです」

アリアは首を振る。

「そういう話じゃないんです」

「死ななくても痛いじゃないですか!!」

部屋が静まり返る。

「怪我するじゃないですか!!」

「苦しいじゃないですか!!」

「傷付くじゃないですか!!」

涙が止まらない。

「大丈夫って……」

声が震える。

「もし大丈夫じゃなかったらどうするんですか」

誰も答えられない。

「もし」

「もう会えなくなったら……」

そこで言葉が止まる。

続きが言えない。

考えたくない。

想像したくない。

アリアは俯いた。

「嫌です……」

ぽつり。

「嫌なんです……」

それだけだった。

今のアリアに残っているのは。

ただ一つ。

失いたくない。

その気持ちだけだった。

ゼノはアリアを見る。

泣いている。

震えている。

魔力もほとんど残っていない。

それでも。

まだ治療を続けようとしている。

今までのアリアは。

笑っていた。

好きですと言っていた。

花を見ていた。

くーを抱いていた。

綿毛みたいにふわふわしていた。

なのに。

今は。

自分のために泣いている。

自分のために取り乱している。

全部。

本気だった。

好きですも。

会いたかったんですも。

今までで一番好きですも。

全部。

本気だった。

◇◇◇

アリアは泣き疲れていた。

ゼノの傍で。

小さく肩を震わせている。

春風が窓を揺らした。

花の香りがした。

ゼノは静かに目を閉じる。

そして。

小さく息を吐いた。

「……参ったな」

たぶん。

もう手遅れだった。

(第10話 迎えに行く へ続く)🌸🖤✨

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作者について

ひふみん

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