第52話 閉会式の翌朝
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あらすじ
1907年、ウィーン美術アカデミー受験に失敗した若きアドルフ・ヒトラーは、 絵画の才能ではなく建築的構成力に向いていると指摘される。 史実では、その助言は彼の人生を救うほどの導線にはならなかった。 しかしこの世界では、面談した学長または教授が、彼の水彩画に見える建築物の描写力、正面構成、装飾への執着を見抜き、ウィーン市内の設計事務所や建築装飾工房への紹介状を書く。 「君は画家ではない。少なくとも、人物を描く画家ではない。 だが建物を見る目はある。 絵筆ではなく、定規と図面で食う道を探しなさい」 この一言が、歴史をわずかにずらす。 ヒトラーは政治集会の演壇ではなく、製図台へ向かう。 大衆を煽る言葉ではなく、式典会場の正面構成、店舗内装、建築透視図、仮設壇上、展示空間の意匠で生計を立てていく。 やがて第一次大戦には史実同様に従軍するが、戦後に戻る場所がある。 完全な漂流者ではない。 敗戦と混乱に怒りを抱えながらも、彼は政治運動の中心にはならず、設計と意匠の仕事へ戻る。 そして1920年代、ミュンヘンに小さな事務所を構える。 Adolf Hitler Entwurfsbüro アドルフ・ヒトラー意匠事務所 ここから始まるのは、世界征服ではない。 納期と外注と広告屋と若手所員に振り回される、偏屈な意匠家の職業人生である。
本文
ミュンヘン公共視聴室は、開会式の日よりも落ち着いていた。
9月22日の夕方、ホールにはすでに人が入り、椅子の列はほとんど埋まっていた。初日のようなざわめきはある。だが、そのざわめきは、見えないものを待つ不安ではなかった。
市民は、もう知っていた。
画面は小さい。
映像は揺れる。
ラジオの音声は、少し遅れたり、少し先に来たりする。
掲示板が補い、係員が紙を差し替え、実況の声が画面の粗さを埋める。
それでも、パリは見える。
そのことを、ミュンヘンの人々は二週間で覚えていた。
正面の受像機台には、閉会式を待つ光がまだ入っていない。画面は暗く、細い白線が時折走るだけだった。横には競技結果の掲示板があり、最終日の種目と各国の成績が丁寧に書かれている。壁には、パリ大会の公式ポスターがまだ貼られていた。エッフェル塔、競技者、五輪の輪、そして日付。
7–22 SEPTEMBRE 1940
その最後の日だった。
ユンゲは受付横で記録帳を抱えていた。エルゼは市側の担当者と返却品の一覧を確認している。フランツは受像機台の裏側を見て、技師たちが動きやすいように床に置かれたケーブル避けの位置を直していた。カイテルは来賓席の案内を終え、ヨードルは撤収工程表を折らずに板に挟んでいる。クレープスは壁面展示の番号札を控え、ブルクドルフは椅子の列を数えていた。
ヒトラーは正面の少し横に立っていた。
座らない。
この二週間、彼は結局、閉会式の前にも座らなかった。
「所長、そろそろお席へ」
フランツが言うと、ヒトラーは画面を見たまま答えた。
「座ると、全体が見えん」
「閉会式は画面を見るものでは」
「画面だけを見る者が、会場を悪くする」
フランツは、もう反論しなかった。
技師が卓の前で片手を上げた。
「音声、入ります」
後方のスピーカーから、まず雑音が流れた。少し遅れて、フランス語の声が入り、さらにドイツ語の実況が重なった。
「こちらはパリ、コロンブ競技場です。本日、第12回オリンピック競技大会パリ臨時大会は、閉会式を迎えます……」
会場のざわめきが低くなった。
受像機の画面に、明るい帯が走る。白い影。黒い揺れ。やがて、競技場の観客席が、ぼんやりと形を取った。
誰も驚かなかった。
初日なら、息を呑む声があった。今日は違う。人々は、画面が整うまで待つことを覚えていた。
ヒトラーはそれを見て、低く言った。
「慣れたな」
ユンゲが横に来た。
「市民が、ですか」
「会場がだ」
「会場が慣れるのですか」
「人間が慣れると、会場の使い方が変わる」
ユンゲは記録帳を開いた。
「会場は、人間が慣れることで使い方が変わる」
「それは書いてよい」
ユンゲは少しだけ顔を上げた。
「珍しいですね」
「閉会式だからだ」
映像の中で、選手団が並んでいた。旗が揺れている。開会式の日よりも、列はどこか柔らかく見えた。始まりの緊張はなく、終わりの疲れと満足が混じっている。ラジオ実況は、競技結果を短く振り返り、パリが急な開催を引き受けたこと、各国の協力、フィンランド選手団への拍手、公共中継の成功に触れていた。
「閉会式まで持ちましたね」
エルゼが近くで言った。
ヒトラーは画面を見たまま答えた。
「何がだ」
「受像機です。暗幕に椅子、人もです」
「人間は備品ではない」
「備品より壊れやすいです」
「それは正しい」
エルゼは少し驚いたように彼を見た。
「素直ですね」
「閉会式だからだ」
その言い方が妙に真面目だったので、エルゼは何も言わなかった。
画面の中では、旗が降ろされていた。
ラジオ実況の声が、少し静かになる。
「今、パリ大会の旗が降ろされます。9月7日から続いた臨時大会は、この瞬間をもって……」
会場の誰かが、小さく咳をした。
それ以外は、静かだった。
ミュンヘンの暗いホールに、パリの終わりが映っていた。画面は粗い。だが、粗いからこそ、見ている者のほうが足りない部分を補った。旗の布の質感も、競技場の空の色も、選手の顔も、ほとんど分からない。それでも、人々はそれを閉会式として受け取っていた。
ヒトラーは、受像機台の正面を見ていた。
初日には、そこを「まだ穴に近い」と言った。
今日は、何も言わなかった。
閉会宣言が終わると、会場の奥から拍手が起きた。
パリの拍手ではない。ミュンヘンの拍手だった。最初は控えめだったが、次第に広がった。閉会式に向けられた拍手であり、この二週間に向けられた拍手でもあり、粗い画面を見続けた自分たちへの拍手でもあった。
技師の一人が、卓の前で小さく頭を下げた。
電機会社の男が、汗を拭きながら笑った。
会場係が掲示板の前で手を叩いた。
ユンゲも、記録帳を胸に抱えたまま拍手した。
ヒトラーは拍手しなかった。
だが、止めもしなかった。
放映が終了すると、受像機の画面は光を失った。
一台、また一台と、暗くなる。
照明が戻った。
観客はすぐには帰らなかった。名残惜しそうにポスターを見上げる者、掲示板の最終結果を書き写す学生、受像機台の裏を覗き込もうとして係員に止められる少年、会場の入口で「次はいつ見られるのか」と尋ねる老人。
次はいつなのか。
誰にも、はっきりとは答えられなかった。
市民が帰り始めると、ホールには椅子を動かす音と、紙を剥がす前の壁の静けさが残った。
「明日から撤収に入ります」
ヨードルが工程表を持ってきた。
「第一段階は椅子列の撤去、臨時掲示板の回収、受付周辺の案内板撤去。受像機は放送技術側が引き取り、台座は分解して倉庫へ。暗幕は市の備品として返却。ポスター類は一部保存、一部返却です」
「剥がす順番が違う」
ヒトラーはすぐに言った。
ヨードルは一瞬止まった。
「どこがでしょう」
「ポスターを先に剥がすな」
「工程では二日目にしています」
「それでいい」
「では、どこが違うのでしょう」
「言ってみただけだ」
フランツが横を向いた。
クレープスは壁面展示の番号を確認しながら言った。
「フィンランド紹介パネルはどうしますか」
エルゼが答えた。
「市へ確認済みです。保存希望だそうです。パリ大会資料として保管するとのことです」
ヒトラーは少しだけ頷いた。
「よろしい」
ブルクドルフが椅子を押しながら言った。
「この椅子は二脚、脚がぐらついています」
「それはうちの仕事ではない」
エルゼが即座に言った。
「ですが、使用中に気づいたものは市へ報告します。後でこちらの責任にされると面倒です」
ヒトラーはブルクドルフを見た。
「記録しろ」
ブルクドルフは少し嬉しそうに頷いた。
「はい」
カイテルは市側担当者と握手していた。
「無事終えられました。所長もご満足のようです」
その言葉を聞いたヒトラーは振り返った。
「私は満足などしていない」
市側担当者は困った顔をしたが、カイテルは動じなかった。
「所長の満足は、苦情が減ることです」
「勝手に定義するな」
エルゼが横から言った。
「では、今日は成功です。所長の苦情は初日の半分以下でした」
ユンゲが記録しようとした。
「書くな」
ヒトラーが言った。
「書きません」
ユンゲは言ったが、少しあとで別の紙に書いた。
撤収の段取りを終えるころには、ホールの外は夜になっていた。
視聴室の看板はまだ入口に立っている。
「公共テレビ視聴室」
「パリ臨時大会」
「入場無料」
「本日閉会式」
その下の小さな紙だけが、翌朝には剥がされる予定だった。
事務所に戻ると、製図室の大机に簡単な慰労の席が作られていた。
エルゼが手配したパン、チーズ、冷肉、果物、焼き菓子。ビールとワインも少しあった。コーヒーを飲む者もいる。華やかではない。だが、仕事を終えた夜には十分だった。
「残業代とは別です」
エルゼが最初に言った。
フランツが笑った。
「誰も聞いていません」
「聞かれる前に言うのが会計です」
ブルクドルフはソーセージを皿に取ろうとして、ヒトラーの視線に気づいた。
「これは、控えめなものです」
「言い訳を添えるな」
「では、食べます」
「食べればよい」
ヨードルは工程表を丸めずに机の端へ置いた。クレープスは最後まで壁面展示の番号を書いた紙を持っていたが、エルゼに取り上げられた。
「今日はもう仕事ではありません」
「しかし、撤収時に番号が」
「明日の朝、見なさい」
カイテルはグラスを持ち上げた。
「皆さん、お疲れさまでした。パリ大会のミュンヘン公共視聴室は、大きな事故なく終了しました。市側からも好評です。放送技術側からも、会場導線と掲示の組み合わせが有効だったとの報告がありました」
「“有効”はよい」
ヒトラーが言った。
「“感動的”などと言われるよりよい」
ゲッベルスが、少し遅れて顔を出した。
「感動的でしたよ」
「君は帰れ」
「今来たばかりです」
ゲッベルスは笑いながら、入口近くに立った。
「新聞には明日出ます。ミュンヘン視聴室、最後まで盛況。市民、閉会式に拍手。いい見出しです」
「見出しが先に来る記事は信用ならん」
「しかし、読まれます」
「読まれることと、正しいことは別だ」
「それは新聞屋が一番よく知っています」
ゲッベルスはグラスを受け取り、壁際に立った。
ヒトラーは大机の端に座らず、立ったままグラスを持っていた。
ユンゲが近づいた。
「所長、一言ありますか」
「ない」
「閉会式なので」
「今日はそれを理由にしすぎだ」
「便利です」
ヒトラーは少しだけグラスを見た。
「パリは来なかった」
ユンゲは記録帳を取りかけたが、思い直して止めた。
ヒトラーは続けた。
「だが、ミュンヘンはパリを見た。それで十分だ」
製図室が少し静かになった。
エルゼが言った。
「珍しく、良いことをおっしゃいました」
「珍しくを付けるな」
フランツがグラスを上げた。
「では、ミュンヘンがパリを見たことに」
カイテルも続いた。
「そして、明日からの撤収に」
エルゼが言った。
「請求書にも」
ヒトラーは顔をしかめた。
「それに乾杯するな」
それでも、皆は笑った。
その夜、事務所には少しだけ明るい疲労が残った。壁に立てかけられた図面、棚の上の模型、机の端の鉛筆、所長室から運ばれてきた新聞台。ベルリン大会のときにヒトラーが私物として持ち込んだラジオも、製図室の棚の上に置かれていた。
そのラジオは、この二週間、何度も音を出した。
競技結果。
実況の確認。
閉会式の音声。
パリの拍手。
その夜は、つけられなかった。
翌朝、所長室にはまだ紙の匂いが残っていた。
撤収前の資料が机の端に積まれ、ユンゲの記録帳には閉会式の記述が挟まっていた。新聞はまだ届いていない。エルゼは早くから来て、撤収費と追加費の整理をしていた。フランツは眠そうな顔で製図机に向かい、クレープスは番号札の箱を確認している。
そこへ、窓の外から駆け足の音がしてきた。
普段、事務所内で走る者はいない。走るとヒトラーが怒るからだった。
事務所入り口の扉が開き、ブルクドルフが息を切らして入ってきた。
「号外です」
手にしていた紙は、まだ折り目が甘かった。
エルゼが受け取る前に、ヒトラーが所長室から出てきた。
「走るな」
「号外が出たので急いできました」
ブルクドルフはもう一度言った。
その言葉だけで、製図室の空気が変わった。
ユンゲが近づく。
号外の見出しは太かった。
「日本軍、北部仏領インドシナへ進出開始」
下には、小さな活字が詰まっていた。
海南島方面からの部隊移動。北部国境地帯。鉄道沿線。飛行場。フランス守備隊との衝突。現地交渉の決裂。日本側は中国戦線上の必要と説明。フランス政府は強く抗議。イギリス、アメリカ、オランダも相次いで非難声明を準備。
ヒトラーは号外を読んだ。
長く黙っていた。
フランツが低く言った。
「本当に始めたのか」
エルゼは紙面の下へ目を走らせた。
「フランスが抗議しています。仏印当局だけではありません。本国政府が」
カイテルが険しい顔で言った。
「パリ大会の閉会式の翌朝です」
ユンゲは、その言葉を聞いて、前夜の拍手を思い出した。
閉会式。
旗。
暗いホール。
受像機の光。
拍手。
そして翌朝、号外。
ヒトラーは言った。
「ラジオをつけろ」
皆が一瞬、棚のほうを見た。
ベルリン大会のとき、ヒトラーが持ち込んだ私物のラジオが置かれていた。木製の箱。丸い目盛り。少し古びたつまみ。事務所の備品ではない。だが、誰もがそれを事務所のもののように扱っていた。
エルゼが言った。
「あれは私物でしたね」
「今それを言うのか」
「修理費が出たら備品にします」
「するな」
フランツが棚からラジオを降ろした。ユンゲが机の端を空ける。クレープスが電源を確認し、ブルクドルフが窓際の位置を直した。
ヒトラーはつまみを回した。
雑音が鳴った。
少し高い音が入り、すぐに低くなった。周波数を探す音が、製図室に広がる。普段ならヒトラーは雑音に文句を言う。今日は言わなかった。
やがて、声が入った。
「こちらはミュンヘン放送局。臨時ニュースをお伝えします」
全員が動きを止めた。
「本日未明より、日本軍部隊が仏領インドシナ北部において軍事行動を開始したとの報が入っております。日本側は、中国方面への軍需物資流入を遮断し、国境地帯の安全を確保するための限定的措置であると説明しています。一方、フランス政府はこれを仏領インドシナの主権に対する重大な侵害として強く抗議し、現地フランス守備隊との間に一部衝突が発生したとの情報もあります」
ラジオの声は、硬かった。
それが余計に悪かった。
怒鳴らない声が、進駐という言葉を平らに運んでくる。
その平らさが、かえって遠くの出来事を事務所の床に置いた。
「続いて、ロンドン、ワシントン、ハーグからの反応です。イギリス政府は、東南アジアにおける現状変更に重大な懸念を表明。アメリカ政府も、武力または圧力による仏領インドシナへの軍事進出を認めないとの声明を準備していると伝えられます。オランダ政府は、蘭領東インド周辺の安全保障上の重大問題として、東京に説明を求める方針です」
エルゼが小さく息を吐いた。
「オランダも当然ですね」
フランツは黙っていた。
ラジオの声は続いた。
「ベルリン政府筋は、日本との防共協力はソ連の拡張主義に対する安全保障上の枠組みであり、仏領インドシナに対する軍事圧力を支持するものではない、として、今回の行動に懸念を示しています。外務当局は、東京側に説明を求めるものと見られます」
ヒトラーは、ラジオのつまみに手を置いたままだった。
ユンゲはペンを持っていたが、書くのを忘れていた。
ラジオの音声が、次のニュースへ移りかけた。パリ大会閉幕の総括だった。閉会式、各国選手団、公共放送、欧州各地の視聴室。
同じ声が、同じ調子で、前夜の閉会式と今朝の進駐を読んだ。
ヒトラーはそこでラジオを切った。
製図室が静かになった。
誰もすぐには話さなかった。
しばらくして、フランツが言った。
「閉会式の翌朝に」
ヒトラーは号外を見た。
「偶然なら、なお悪い」
ユンゲが顔を上げた。
「もし予定していたなら…」
「下劣だ」
エルゼは静かに言った。
「フランスは怒ります」
「怒る」
ヒトラーは紙面を指で押さえた。
「昨日まで旗を畳んでいた国の、別の旗を踏みに行った」
カイテルが言った。
「日本側は、防共の延長だと説明するでしょう」
「北を見張ると言って、南の窓を割る者と組むな」
その言葉を、今度はユンゲが書いた。
「北を見張ると言って、南の窓を割る者と組むな」
ヒトラーは止めなかった。
ゲッベルスが、少し遅れて事務所に来た。手には別の新聞を持っていた。普段の軽さは薄かった。
「見ましたか」
「見たし、ラジオで聞いた」
ヒトラーは短く答えた。
ゲッベルスは紙面を机に置いた。
「ひどい紙面です。上段はパリ大会閉幕。下段は仏印進駐。同じ一面に載せるには、あまりに汚い」
ヒトラーは新聞を見た。
そこには、まさに二つの世界が並んでいた。
一面上段には、パリ大会閉会式の写真があった。競技場。旗。選手団。
一面下段には、仏領インドシナの地図があった。海南島、トンキン、国境線、鉄道、飛行場。
ユンゲはそれを見て、ぞっとした。
昨日まで、地図はパリの案内図だった。
今日は、進駐経路の図になっていた。
ヒトラーは低く言った。
「紙面の正面が割れている」
ゲッベルスが尋ねた。
「記事の配置が悪いと?」
「違う。世界が二つに裂けているからだ」
誰も返事をしなかった。
エルゼは号外を畳み、机の上に置いた。
「撤収は予定通り行います」
その言葉は、意外なほど強かった。
フランツが彼女を見た。
「今日、ですか」
「今日です。視聴室は片づけなければなりません。請求も出します。パネルも返します。受像機台も分解します。世界が裂けても、返却日は動きません」
ヒトラーはエルゼを見た。
「君は時々、恐ろしく正しい」
「時々は余計です」
「撤収は予定通りだ」
彼は号外を持ち上げた。
「だが、新聞は残せ」
ユンゲが聞いた。
「記録用ですか」
「違う」
ヒトラーは一面上段の閉会式写真と、下段の仏印地図を見た。
「見本だ」
「何の見本ですか」
「窓の閉じ方と、窓の割り方が同じ紙に載った見本だ」
ユンゲはその言葉を記録した。
その日、ミュンヘン公共視聴室の撤収は予定通り始まった。
椅子が運び出され、掲示板から紙が外され、受付の案内札が箱に入れられた。フィンランド紹介パネルは丁寧に梱包された。パリ地図も、折れないように筒へ巻かれた。公式ポスターは最後まで壁に残された。
ヒトラーは、それを剥がす順番を何度も確認した。
「下から剥がすな」
「はい」
「角を折るな」
「はい」
「額に入れるなら余白を殺すな」
「市の保管担当に伝えます」
「伝えるだけでは足りん。書け」
ユンゲは書いた。
その間にも、撤収作業員の何人かは、休憩のたびに号外を読んでいた。
「日本」
「仏印」
「フランス抗議」
「アメリカ」
「オランダ」
「防共協定」
そういう言葉が、パリ大会の掲示板が外された後の壁の前で、小声で交わされた。
夕方、事務所に戻ると、ラジオはまだ製図室の机の上に置かれていた。
誰も棚へ戻していなかった。
ヒトラーはそれに気づき、しばらく見ていた。
「戻せ」
フランツが手を伸ばした。
「棚へですか」
「棚へだ。ニュースを机の上に置くな」
フランツはラジオを持ち上げ、元の場所に戻した。
エルゼが言った。
「備品登録は」
「しない」
「では、私物として修理費も所長負担です」
「壊すな」
「壊れるのは、たいてい使うからです」
ヒトラーは答えなかった。
ユンゲは、机の上に残った号外を見た。
前の晩、彼らはパリへの窓を閉じる準備をした。
翌朝、新聞の中で、別の窓が割られていた。
閉会式の翌朝、ミュンヘンの所長室には、まだ撤収前の紙の匂いが残っていた。
だが新聞の上では、もう別の会場が開かれていた。
観客席のない、旗と線だけの会場だった。