第57話 色を塗れない地図
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あらすじ
1907年、ウィーン美術アカデミー受験に失敗した若きアドルフ・ヒトラーは、 絵画の才能ではなく建築的構成力に向いていると指摘される。 史実では、その助言は彼の人生を救うほどの導線にはならなかった。 しかしこの世界では、面談した学長または教授が、彼の水彩画に見える建築物の描写力、正面構成、装飾への執着を見抜き、ウィーン市内の設計事務所や建築装飾工房への紹介状を書く。 「君は画家ではない。少なくとも、人物を描く画家ではない。 だが建物を見る目はある。 絵筆ではなく、定規と図面で食う道を探しなさい」 この一言が、歴史をわずかにずらす。 ヒトラーは政治集会の演壇ではなく、製図台へ向かう。 大衆を煽る言葉ではなく、式典会場の正面構成、店舗内装、建築透視図、仮設壇上、展示空間の意匠で生計を立てていく。 やがて第一次大戦には史実同様に従軍するが、戦後に戻る場所がある。 完全な漂流者ではない。 敗戦と混乱に怒りを抱えながらも、彼は政治運動の中心にはならず、設計と意匠の仕事へ戻る。 そして1920年代、ミュンヘンに小さな事務所を構える。 Adolf Hitler Entwurfsbüro アドルフ・ヒトラー意匠事務所 ここから始まるのは、世界征服ではない。 納期と外注と広告屋と若手所員に振り回される、偏屈な意匠家の職業人生である。
本文
1941年4月のミュンヘンは、まだ春を信用していなかった。
朝には少し陽が差す。昼には石畳が乾く。だが夕方になると、通りの端に冷えた風が戻り、外套を早くしまった者を笑うように襟元へ入り込んだ。新事務所の窓も、午前中だけは明るかったが、午後にはまた曇った。
それでも、冬とは違っていた。
パン屋の入口では、客が以前ほど詰まらなくなった。焼き上がりを知らせる小さな札は、入って半歩の位置に置かれ、外套掛けは入口の左へ移されていた。本屋では、映画雑誌と風刺漫画集の棚が、入口正面ではなく右手の通路へ少し斜めに置かれていた。保険会社では、記入台と待合椅子が分けられ、番号札が最初に渡されるようになった。
いずれも、大事件ではなかった。
だが、ヒトラーはそれを聞くたびに、ほんのわずか機嫌をよくした。顔には出さなかった。ただ、図面を見る時の赤鉛筆の力が少し弱くなるだけだった。
その日、ユンゲが受付机で午前の予定を確認していると、扉の向こうで妙に丁寧な足音が止まった。
扉が開き、ヒムラーが入ってきた。
帽子を脱ぎ、外套を払い、いつもより慎重に鞄を持っている。何かを隠している者の慎重さではなく、何かを正式に見せようとしている者の慎重さだった。
「おはようございます。会計年度が改まりましたので、今回は正式な契約書類を揃えて参りました」
ユンゲは立ち上がった。
「お約束は10時で承っております」
「はい。時間通りです。今回は、時間通りであることも含めて正式です」
奥の製図机から、ヒトラーの声が飛んだ。
「時間を守ることを誇るな。守らない者が多すぎるだけだ」
ヒムラーはそれを挨拶の一種として受け取ったらしく、にこやかにうなずいた。
「所長、おはようございます」
「鞄を開ける前に言っておく。防共という字を持ってきたなら帰れ」
「持ってきておりません」
ヒトラーは疑わしそうに見た。
ヒムラーは鞄から分厚い書類束を取り出した。最上部の表紙には、きちんとした活字でこう印刷されていた。
ドナウ安全保障展
展示構成および会場意匠案
正式案件資料
エルゼが奥から出てきて、まず表紙ではなく添付書類を見た。
「見積範囲は」
「こちらです」
「発注元の確認は」
「こちらに」
「支払条件は」
「前金、途中精算、完了後精算の3段階で提案しております。前回ご指摘いただきましたので」
エルゼは無言で書類をめくった。
ヒムラーは少し背筋を伸ばした。ヒトラーに怒られるのとは違い、エルゼに怒られる時は金額と日付で逃げ場が塞がれる。それを彼は、前回までに学習していた。
「よろしいでしょうか」
エルゼはまだ書類を見ていた。
「少なくとも、案件として机に置くことはできます」
ヒムラーは安堵したように息を吐いた。
ヒトラーは表紙を見たまま言った。
「題名は直っている」
「はい。ドナウ防共展ではありません。ドナウ安全保障展です」
「それを自慢するな。前に怒られたことを覚えていただけだ」
「覚えることも仕事でございます」
「君の場合は、覚えた後で余計な分類を始める」
ヒムラーは少しだけ笑った。
その笑いは、否定ではなかった。
会議は応接ではなく、製図机で始まった。新事務所は1階ワンフロアで、資料を抱えて階段を上る必要がなかった。旧事務所なら、ヒムラーの持ち込んだこの量の地図と書類だけで、階段の踊り場にひとつ小さな災害が起きていたはずだった。
ブルクドルフが地図筒を受け取り、机の上に広げた。
ドナウ川。ウィーン、ブラチスラヴァ、ブダペスト、ベオグラード、鉄の門、ルーマニア平原、黒海。さらに横にはカルパチア山脈、トランシルヴァニア、ブルガリア、ユーゴスラビア、ハンガリー、ソ連西部、プルト川、プロイェシュティ油田。
机の上が、急に狭くなった。
ヒトラーは黙って地図を見た。
その沈黙が長くなったので、ヒムラーが説明を始めた。
「展示の柱は3つです。第1に、ドナウ流域の通商と交通。第2に、ルーマニアを中心とした東方からの安全保障。第3に、周辺諸国の協議参加可能性です。ハンガリー、ブルガリア、ユーゴスラビアについても、補助展示として」
「色が濃い」
ヒムラーは言葉を止めた。
「はい?」
ヒトラーは地図のルーマニア部分を指した。
「ここが濃すぎる」
「ルーマニアは今回の中心ですので」
「中心であることと、紙の上で膨らませることは違う。濃い色は所有の顔をする」
ヒムラーは別の地図を出した。
「では、こちらはどうでしょう。ハンガリーをやや薄く、ブルガリアは協議国として灰色、ユーゴスラビアは中立的に」
ヒトラーの眉間にしわが寄った。
「これは地図ではない。喧嘩の下書きだ」
フランツが横からのぞき込んだ。
「たしかに、ハンガリーが薄すぎますね」
ヨードルも言った。
「ブルガリアが灰色だと、まるで不在の国のように見えます」
「そうですか」
ヒムラーはまた別の紙を出そうとした。
ヒトラーが止めた。
「紙を増やすな。間違いを重ねても厚くなるだけだ」
ユンゲは記録帳に、地図ではなく喧嘩の下書き、と書きそうになって手を止めた。少し考え、展示地図案、色調再検討、とだけ記した。
ヒムラーは咳払いした。
「では、政治色を抑え、ドナウ川を軸にした構成へ寄せるということで」
「寄せるのではない。最初から川が軸だ」
ヒトラーは青鉛筆を取った。赤鉛筆ではなかった。
「川を切るな。国境線で水を止めるな。見る者の目がここで詰まる」
彼は地図上の国境線で途切れて見えるドナウの表現を指でたどった。
「ここだ。ここで川が細くなっている。誰がやった」
クレープスが小さく手を上げた。
「それは元資料の印刷でして」
「元資料が悪いなら、元資料を写すな」
「はい」
「ドナウを細くするな。だが太くしすぎるな。川が軍隊に見える」
ヨードルが思わずうなずいた。
「太い矢印のように見える可能性はあります」
ヒムラーはそこで、待っていた話題を出すように身を乗り出した。
「軍事顧問団の件ですが、ルーマニア方面ではロンメル将軍が中心となるようです。機械化部隊運用、道路、鉄道、油田防衛、国境方面の連絡改善に関する助言を行うと」
カイテルが資料に目を落とした。
「ロンメル将軍か。カルパチアとプルト川方面の顧問団ですか」
「山岳と海ではなく、油田と川を見る任務になるわけだな」
ブルクドルフが低く言った。
ヒトラーは不機嫌そうに新聞の切り抜きを見た。そこには、ルーマニアへの軍事顧問団派遣、ロンメル将軍の名、油田地帯と鉄道整備、東方国境の防衛協力などが書かれていた。
「将軍の名を展示の顔にするな」
ヒムラーはすぐに答えた。
「もちろん、人物紹介は補助的に」
「補助的でも顔は顔だ。顔を置くと地図が舞台になる。舞台になると、見物人は次に誰が登場するかを待つ。これは演劇ではない」
「しかし、一般来場者には人物があった方が」
「人物で釣るな。川でつなげ。鉄道で見せろ。油田を置くなら、油田を旗にするな。資源は見せ物ではない。見せ物にした資源は、奪われる顔をする」
ヒムラーは一瞬だけ、感心したような顔をした。
「なるほど」
「なるほどではない。君は今、感心したふりをして次の分類へ行こうとしている」
ヒムラーは持っていた紙を静かに机へ戻した。
「いえ、その」
「何の紙だ」
「ユーゴスラビア関連の補助資料です」
ヒトラーは目を細めた。
ヒムラーは、今度は少し嬉しそうに資料を広げた。
「ドナウ方面の延長として、ベオグラード以西の安定も無視できません。ユーゴスラビアは一見ひとつの王国ですが、内部にはセルビア人、クロアチア人、スロベニア人、さらに宗教、言語、歴史的地域、行政単位が複雑に重なっております。こちらは民族分布、こちらは宗教分布、こちらは言語、こちらは鉄道、こちらは」
「閉じろ」
ヒムラーの手が止まった。
「ですが、所長、分類しなければ理解が」
「分類するなとは言わん。分類を展示の主人にするな」
ヒムラーはまだ紙を持っていた。
ヒトラーは机を指で叩いた。
「まずドナウが先だ」
室内が静かになった。
「ベオグラードはドナウの上にある。そこから話を始めろ。人間を色で分けるな。色で分ければ、見る者は次に境界を探す。境界を探した者は、境界を太くしたくなる。太くなった線は、やがて壁の顔をする」
ヒムラーは口をつぐんだ。
分類することが好きな男にとって、それは退屈な命令だった。だが、展示を作る上では、たしかに危険な分類だった。
エルゼが静かに言った。
「会場で揉められては困ります。展示を見に来た人が、自分の出身地の色を確認するだけになってしまいます」
「そうだ」
ヒトラーはうなずいた。
「見に来た者が、最初に自分の色を探す展示は失敗だ。最初に川を見る展示にしろ」
ユンゲはそのまま記録した。
最初に川を見る展示。
ヒムラーは悔しそうではあったが、引き下がった。
「では、ユーゴスラビア内部については補助資料扱いに留め、会場正面にはドナウ流域図、通商路、鉄道、港湾、山岳防衛線を」
「山岳防衛線という言葉を大きくするな」
「では、山地と交通障害」
「障害と書くな。山に罪はない」
ブルクドルフが吹き出しかけた。
カイテルは咳をした。
会議は昼を越えた。
途中、パン屋から届いた小さなパンを分け、エルゼが湯を沸かした。ヒムラーは砂糖の量を控えめにしながら、まだユーゴスラビアの分類表を見たそうにしていた。ヒトラーはそれに気づくたびに、目で牽制した。
午後には、展示の大枠が少しずつ形になった。
正面はドナウ川。
左右に通商と交通。
東側にルーマニアと黒海。
北側にカルパチアと油田地帯。
補助展示としてハンガリー、ブルガリア、ユーゴスラビアの協議参加可能性。
ソ連は大きな赤い影ではなく、東方の圧力として、地図の端に抑えた色で示す。
「赤は使わないのですか」
ヒムラーが尋ねた。
「使うな」
「警戒対象としては分かりやすいかと」
「分かりやすい色ほど乱暴だ。赤く塗れば、見物人は地図ではなく危険標識を見る。これは非常口ではない」
フランツが新しい紙に配置を描き直した。
「国名はどうしましょう」
「必要だ。だが国名を叫ばせるな。文字は落ち着かせろ」
「ブルガリアは」
「灰色にするな。薄い土色か、淡い緑でよい。国を不在にするな」
「ユーゴスラビアは」
「一色でよい。ただし内部資料を別に置く。正面で切り刻むな」
ヒムラーが小さく言った。
「切り刻む、というほどでは」
ヒトラーはすぐに振り向いた。
「君は切れ味のよい分類表を作る時、いつも自分の刃物を見ていない」
それで、その日の会議は一度終わった。
ヒムラーは正式案件の控えをエルゼに渡し、次回までに地図の色調案と展示順を修正することになった。帰り際、彼はユーゴスラビア関連の紙束を鞄へ戻したが、名残惜しそうに一枚だけ出かけた紙を押し込んだ。
ヒトラーはそれを見逃さなかった。
「持ち帰って分類するのは勝手だ。だが、次に持ってくる時は川より前に出すな」
「承知しました」
「本当に承知した顔ではない」
「努力します」
「努力ではない。順番だ」
ヒムラーは帽子を持ち、丁寧に一礼して出ていった。
扉が閉まると、エルゼが肩を落とした。
「正式案件としては、悪くありません」
ヒトラーは不満そうに言った。
「正式に面倒なだけだ」
「それでも、今回は支払い条件があります」
「君にとってはそこがドナウより重要か」
「事務所にとっては重要です」
ヒトラーは反論しなかった。
その日の夕方、ユンゲは記録をまとめた。
ドナウ安全保障展、正式案件化。
展示正面はドナウ川。
国別色分けは抑制。
ルーマニア、ハンガリー、ブルガリア、ユーゴスラビアは一色で所有を示さない。
ユーゴスラビア内部分類は補助資料扱い。
ソ連表示は赤い影を避ける。
ロンメル将軍率いるルーマニア方面軍事顧問団について、新聞資料確認。
最後に、少し迷ってから書き加えた。
まずドナウが先。
その数日後も、事務所では地図が続いた。
4月11日には、フランツがドナウ川を青くしすぎて怒られた。
「川を軍艦にするな」
4月12日には、クレープスが鉄道線を細くしすぎて怒られた。
「見えない鉄道は、ない鉄道と同じだ」
同じ日、ヒムラーから修正版が届いた。ユーゴスラビア内部の分類表は減っていたが、代わりに脚注が増えていた。ヒトラーはそれを見て、
「脚注で復讐するな」
と言った。
そして、1941年4月13日。
その日は日曜日だった。
午前中の事務所は静かだった。通常の業務は少なく、ヒトラーは自宅で資料を読むつもりだったが、前日に届いた地図案が気になり、結局事務所へ来ていた。ユンゲも午前の整理のために出ていた。エルゼは来ない予定だったが、契約控えを取りに寄った。
外の通りから、号外を売る声が聞こえた。
最初は遠かった。
やがて近づいた。
「号外!日ソ中立条約、成立!」
ユンゲが窓の方を見た。
ヒトラーは顔を上げなかった。
「ユンゲ君」
「はい」
「一部頼む」
ユンゲは外套を羽織り、通りへ出た。しばらくして戻ってきた時、手にはまだインクの匂いが残る薄い紙があった。
日ソ中立条約成立。
モスクワにて調印。
日本とソ連、相互不可侵と中立を確認。
満洲国およびモンゴル人民共和国に関する相互尊重にも言及。
ヒトラーは紙面を受け取り、ゆっくり読んだ。
部屋は静かだった。
エルゼが小さく言った。
「日ソ中立条約成立……日曜に号外とは、新聞社も忙しいことです」
ユンゲは記録帳に日付を入れた。
1941年4月13日、日ソ中立条約成立。
ヒトラーは号外を机に置いた。そこには、前日まで作っていたドナウ安全保障展の地図が広がっていた。紙の端に、号外が少し重なった。
「防共と書いた札の裏に、中立と書くな」
エルゼが顔を上げた。
「外交も掲示ですか」
「掲示より悪い。掲示なら剥がせる」
ユンゲはその言葉を書こうとして、少し手を止めた。だが結局、書いた。
午後、ラジオをつけた。
事務所の小さいが遠くからの音を聞くラジオだった。ベルリンからのニュースが流れた。声は平坦だったが、内容は平坦ではなかった。
日本とソ連の中立条約成立。
ドイツ政府は、日本側に対し、防共協定の意義が失われたとの判断を正式に回答する見込み。
ドイツ外交筋は、日本の仏印進出および対ソ中立化により、従来の防共協力の前提が大きく変化したと見ている。
ドナウ方面の安全保障協議については、英仏独および関係諸国の調整が続く。
ラジオの声が、部屋の壁に薄く残った。
エルゼが腕を組んだ。
「白紙撤回、ということですね」
「白紙ならよい」
ヒトラーは号外を指で叩いた。
「だが、白紙に戻す者は、たいてい紙の跡を見ない。そこに何が貼られていたか、壁は覚えている」
ユンゲは記録帳から顔を上げた。
「防共協定の撤回が、ドナウ安全保障展に影響しますか」
「する」
ヒトラーは即答した。
「防共という文字を消したからこそ、こちらの展示に防共の臭いを残すな。ソ連を赤く塗るな。日本を引き合いに出すな。ドナウを看板柱にするな」
「看板柱」
エルゼが繰り返した。
「前にも言った。ドナウは看板柱ではない」
ヒトラーは青鉛筆を取った。
その日、彼は赤鉛筆をほとんど使わなかった。机の上には、ルーマニア、ハンガリー、ブルガリア、ユーゴスラビア、ソ連西部が広がっていた。だが、彼がまずなぞったのは国境線ではなく、ドナウ川だった。
「国を塗るな。つながりを描け」
ユンゲはその言葉を、今度は迷わず記録した。
午後遅く、フランツとクレープスも事務所へ顔を出した。号外の話を聞いたのだろう。二人とも、いつもの休日の顔ではなかった。
ヨードルも少し遅れて来た。新聞を手にしていた。
「日ソ中立条約ですか」
ヒトラーは地図を見たまま言った。
「読んだ」
「日本は防共協定の相手だったはずですが」
「だった、という言葉は便利だ。看板を外す前に使う」
カイテルは新聞を机に置いた。
「これでドイツは、日本と明確に距離を置くことになりますね」
「政府が決めることだ」
ヒトラーは短く言った。
「我々は展示を作る」
ヨードルは少し意外そうに見た。
「この件を展示に入れないのですか」
「入れない」
「しかし、東方情勢としては」
「入れれば、展示が新聞になる。新聞は毎朝古くなる。展示は、少なくとも会期中は古くなるな」
フランツが地図を見ながら尋ねた。
「では、ソ連の圧力は」
「地図の端に置く。大きく叫ばせるな。見る者に、端にあるものが端で済まないことを分からせればいい」
クレープスが鉛筆を持った。
「影で示しますか」
「影はよい。ただし、赤くするな」
「灰色でしょうか」
「灰色にも種類がある。死んだ灰色にするな。冷たい灰色だ」
ブルクドルフがあとから入ってきて、その言葉だけを聞いた。
「灰色にも命令があるんですか」
「ある。灰色は怠けるとすぐ汚れになる」
ブルクドルフは何も言わず、帽子を脱いだ。
その夕方、再びヒムラーから電話があった。
ユンゲが取り次いだ。
「ヒムラーさんです」
ヒトラーは受話器を受け取る前から不機嫌だった。
「今度は何を分類した」
電話の向こうで、ヒムラーの声が少し慌てた。
「いえ、号外の件でございます。日ソ中立条約が成立し、防共協定の扱いも変わる見込みとのことで、展示名称、説明文、関連資料の方針を確認したく」
「名称は変えない」
「ドナウ安全保障展のままで」
「そうだ」
「防共の語は」
「使うな」
「ソ連への警戒は」
「警戒を展示しろ。敵意を飾るな」
電話の向こうが少し黙った。
「では、ユーゴスラビア内部分類は」
「今その話をするな」
「しかし、情勢が変わると」
「まずドナウが先だと言った」
「承知しました」
「君の承知はすぐ色鉛筆を持つ。持つな」
ヒムラーは、電話の向こうで小さく笑った。
「では、色鉛筆ではなく線で」
「それも危ない」
「難しいですね」
「だからこちらに来るのだろう」
ヒムラーは少し黙り、それから丁寧に礼を言って電話を切った。
ヒトラーは受話器を置いた。
「ユンゲ君」
「はい」
「次の打ち合わせでは、色鉛筆の本数を減らしておけ」
「何本にいたしましょう」
「多すぎるとヒムラーが喜ぶ。少なすぎるとフランツが困る」
フランツが困った顔をした。
「私も入るのですか」
「君は色が足りないと線でごまかす」
「では」
ヒトラーは少し考えた。
「青、淡い緑、土色、冷たい灰色、黒。赤は置くな」
ユンゲは記録した。
青、淡い緑、土色、冷たい灰色、黒。赤なし。
日が傾くころ、机の上にはまだ色の塗られていない地図が残っていた。
正確には、少しだけ色はあった。
ドナウ川の青。
鉄道の細い黒。
山地の冷たい灰色。
油田を示す小さな印。
港湾と通商路の線。
だが、国々は塗りつぶされていなかった。
ルーマニアも、ハンガリーも、ブルガリアも、ユーゴスラビアも、誰かの所有物のようには見えなかった。ソ連の方向には、赤い影ではなく、地図の端で空気が冷えるような灰色が置かれていた。
号外は机の端で乾いていた。
日ソ中立条約成立。1941年4月13日。
その文字は、ドナウの地図とは別の紙に印刷されていた。だが、同じ机の上にあった。
エルゼは契約書を鞄にしまいながら言った。
「色を塗らない展示というのは、地味ですね」
「地味でよい」
ヒトラーは地図から目を離さなかった。
「派手な地図は、たいてい誰かを怒らせる。もっと悪い時は、誰かを喜ばせる」
「喜ばせても悪いのですか」
「地図を見て喜ぶ者には注意しろ。たいてい、自分の色が広い」
ユンゲはその言葉を書かなかった。
書かなくても、覚えておけると思った。
外では、日曜の夕方の人通りが少しずつ戻っていた。映画館へ向かう者、食堂へ入る者、新聞を読みながら歩く者、号外を畳んで外套のポケットへ入れる者。大きな外交の紙面は、街の中ではすぐに折り目をつけられ、手袋の中で握られ、家へ持ち帰られていく。
事務所の中では、まだ誰も地図を片づけなかった。
ヒトラーは最後に青鉛筆を置いた。
「川は流れる。国境線は、流れない。だから太くするな」
ユンゲは記録帳を閉じた。
その日の記録の最後には、こう残った。
1941年4月13日、日ソ中立条約成立。
ドナウ安全保障展、色調方針再確認。
国を塗らず、つながりを描く。
窓の外は、もう暗かった。
地図には、まだ色が塗れなかった。
塗れないまま、ドナウ川だけが紙の上を静かに流れていた。