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第三十七話 白薔薇のクッキーと小さなアリス

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/24 📚 シリーズ: 野薔薇のアリス〜溺愛白うさぎと忘れられた約束〜 📝 3,983文字 ✅ 全年齢

あらすじ

〜不思議の国のアリスをモチーフにした作品です〜 白兎に導かれて“不思議の国”へ迷い込む、十四歳の少女アリス。 そこにいたのは、甘く優しい白兎の美青年ノア。 アリスを守る彼は、この国に隠された秘密を知っていた。失われた記憶を巡り物語が再び動き出す。 可憐で不穏な、童話ファンタジー。 白兎は、私を救いに来たの? それとも、もう二度と帰さないために迎えに来たの?

本文

第三十七話 白薔薇のクッキーと小さなアリス

 あの日から、数日が過ぎていた。

 ノアとアリスは、図書室での出来事には触れないまま、少しぎこちない日々を過ごしていた。朝になれば同じ食卓を囲み、並んでハートの城へ向かう。

 けれどあれ以来、ノアはアリスの髪を撫でることも、頬に触れることもなくなった。アリスも、首の錠がまた閉まるかもしれないと思うと、あの抱擁の意味を尋ねられずにいた。

 ガルとも、あの日から一度も顔を合わせていない。

 そうしてお互いの間に見えない距離を残したまま、時間だけが静かに過ぎていた。

     *

 その日、ハートの城の執務室に、小さなピンク色の箱が届いた。

 ノアは女王に呼ばれ、席を外している。執務室にはアリスひとりだったため、城の使いから代わりに箱を受け取った。

「アザレア様からです」

 使いはそれだけ告げると、すぐに去っていった。

 箱には赤いリボンがかけられ、結び目には小さな薔薇の飾りがついている。可愛らしいけれど、どこか意味ありげな贈り物だった。

 その上には、一枚のカードが添えられていた。

『早く食べて』

「……早く?」

 首を傾げながら箱を開けると、中にはハート型のクッキーが並んでいた。

 薄いピンク色のもの。赤い砂糖をまぶしたもの。白いアイシングで、小さな薔薇が描かれたもの。

 よく見ると、一枚一枚に小さな文字が書かれている。

『いいから』

『食べて』

『すぐに』

 アザレアは気まぐれに見えて、意味のないことはしない。

 女王のお茶会へ連れていき、ルーシーを友達として紹介したことにも、きっと意図があった。

 これだけ何度も「早く食べて」と書かれているのなら、何か急ぐ理由があるのだろう。

「……きっと、何か意味があるのよね」

 アリスは少し迷ったあと、白い薔薇の描かれたクッキーを口へ入れた。

 さくり、と軽い音がする。

 バターと砂糖の甘さに、ほのかな薔薇の香りが混じった。

「おいしい……」

 そう呟いた瞬間、視界がぐらりと揺れた。

「えっ……?」

 机が急に高くなる。

 椅子の背もたれが遠ざかり、床が近づいてくる。

 違う。

 机や椅子が大きくなったのではない。

 自分の身体が、小さくなっているのだ。

 アリスは机の端へ手を伸ばそうとしたが、身体はみるみる縮み、着ていた服だけが元の大きさのまま、巨大な布のように覆いかぶさってきた。

「きゃっ……!」

 服の中へ埋もれるようにして、床へ落ちる。

 両手で布を押しのけ、ようやく顔を出すと、執務室は見たこともないほど巨大になっていた。

 ノアの机は塔のように高く、本棚は崖のようにそびえている。

 今のアリスは、小指ほどの大きさしかなかった。

「どうしよう……」

 声まで、鈴の音のように小さくなっている。

 ノアを呼ぼうか。

 そう考えた瞬間、あの日の言葉が蘇った。

『最初のように執務室へ鍵をかけて、家からも出さないで。僕の目の届くところにだけ置いておけば、君は危ない目に遭わずに済む』

 ノアなら、きっと助けてくれる。

 けれど、また何もかもを彼ひとりで決められてしまうような気がした。

「……今は、ノアには頼りたくない」

 その時、広がった服の向こうで、何かが淡く光った。

 スカートのポケットから、細い銀色の鎖が覗いている。

 ガルから渡された、銀色の狼の鈴だった。

 アリスは布の山をかき分け、皺に足を取られながら、何とかポケットの縁までよじ登った。

 暗い奥にある鈴の鎖へ両手でしがみつき、身体全体を使って引っ張る。

「重い……」

 ちり……ん。

 かすかな音が鳴った。

「ガルさん……」

 アリスはもう一度、力いっぱい鎖を引いた。

 ちりん。

     *

 しばらくして、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。

 人目を引かないよう抑えながらも、急いでいる足音だった。

 執務室の扉が開く。

「ルーシーさん?」

「ガルさん!」

 ガルは床へ散らばった服を見つけると、表情を険しくした。

「ここです!」

 アリスがもう一度鈴を鳴らすと、ガルは音のした服の前へ膝をついた。

「中にいるのですか?」

「はい。ポケットの中です」

「怪我は?」

「ありません。でも、身体が小さくなってしまって……」

 ガルは服へ手を伸ばしかけ、その指を途中で止めた。

「ノアさんを呼びます」

 静かに告げられ、アリスは慌ててポケットから顔を出した。

「待ってください」

 ガルの青い瞳が大きく見開かれる。

 視線が合った瞬間、アリスは自分が服を着ていないことを思い出し、慌てて布の中へ身体を隠した。

「み、見ないでください!」

 ガルは即座に顔を逸らした。

「失礼しました!」

 狼の耳の内側が、わずかに赤くなっている。

「ノアを呼ばないでください」

「ですが、このままにはできません」

「だから、ガルさんに助けてほしいんです」

「私に?」

 自分を助ければ、ガルへまた迷惑がかかるかもしれない。

 けれど、ここでガルを遠ざければ、あの日ノアが口にした言葉を、本当の命令として残すことになる。

 ガルはノアを大切に思っている。

 ノアも、本当はガルを大切にしているはずだ。

 それなのに、このまますれ違い離れてしまうことは、アリスにとっても、きっとガルにとっても望んだことではない。

「ガルさん」

 アリスは布の陰から、小さな顔を上げた。

「ノアは、ガルさんを本当に遠ざけたいわけではないと思います」

 ガルの青い瞳が揺れた。

「だからこそ、あの言葉に私たちが従ってしまうのは違うと思います」

「ですが……」

「私は、自分でガルさんに助けてほしいと思って、鈴を鳴らしました」

 アリスは銀色の鎖を握りしめた。

「今は、ノアではなく、ガルさんに助けてほしいんです」

 ガルはしばらく黙っていた。

 やがて静かに息を吐き、もう一度アリスへ手を差し伸べる。

「……緊急事態です」

「はい」

「それなら、見過ごすことはできません」

 大きな掌が、アリスの前へ差し出された。

「手を貸します」

「ありがとうございます」

 アリスは自分の意志で、その手へ一歩踏み出した。

 その時だった。

 廊下の向こうから、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。

 この足音は、ノアではない。

 重く、美しく、誰もが道を譲ることを当然としている足音。

 ガルの表情が一変した。

「……まずい」

 床へ広がった服を素早く持ち上げ、その布ごと小さなアリスを腕の陰へ隠す。

「動かないでください」

 直後、扉が開いた。

 入ってきたのは、ハートの女王だった。

 豊かな赤い髪に、妖艶な紅い唇。深紅のドレス。

 女王がそこに立つだけで、執務室の空気が変わった。

「何をしておる、ガル」

 扇子の先が、ガルへ向けられる。

「ノアさんに確認したいことがあり、参りました。ですが、今は席を外しているようです」

「それは知っておる」

 アリスの心臓が跳ねた。

「わらわが会いに来たのは、ここにいるルーシーという娘じゃ」

 やはり、女王は自分を怪しんでいる。

 ノアがいない時間を狙って、探りに来たのだ。

 ガルは一瞬も間を空けずに答えた。

「ルーシーさんも、ただいま席を外しております」

 女王の眉が、不満そうにわずかに動いた。

「……おらぬのか」

「今日は別の場所で、仕事を頼まれていると聞いております」

 女王の赤い瞳が、すっと細くなる。

 アリスは布の中から、ガルの上着を小さな手で掴んだ。

 女王はしばらくガルを見つめ、やがて扇子を鋭く閉じた。

「まあよい。薔薇は、咲けばいずれ目につく。あとは、摘み取る時を待てばよい」

 低く甘い声に、アリスの背筋が冷えた。

 女王はそれ以上何も言わず、深紅の裾を揺らして去っていった。

 足音が完全に遠ざかってから、ガルはようやく息を吐いた。

「……大丈夫ですか」

「はい……たぶん」

 そしてアリスは、ようやく気づいた。

 アザレアは、女王がここへ来ることを知っていたのだ。

 だからクッキーを送った。

 ルーシーの姿を消し、執務室にいないように見せるために。

 方法は無茶苦茶だったが、助かった。

「ここにいると、女王陛下が戻ってくるかもしれません。私の執務室へ移動しましょう」

 アリスは頷いた。

「お願いします」

     *

 ガルの執務室は、ノアの部屋よりも簡素だった。

 大きな机と棚。整然と並ぶ書類。壁には剣と、城の巡回図が掛けられている。

 ガルはアリスを机の上へ置くと、棚から薄い布を取り出し、小さなハサミで切った。

「今のあなたが着られるものを作ります」

 切った布を机へ置き、すぐに後ろを向く。

「簡単なものですが、服の代わりにしてください」

「ありがとうございます」

 アリスは布を身体へ巻き、肩と腰で結んだ。

「……もう大丈夫です」

 振り返ったガルは、アリスの顔より少し上を見ている。

 真面目すぎて、かえって気まずい。

「それで、どうして小さくなったのですか?」

「アザレア様から届いたクッキーを食べたら、突然……」

「小さくなるクッキーですね。普通は、大きくなるものと対になっています」

「では、それを食べれば元に戻れるんですね?」

「おそらく。ただし、大きくなるクッキーは、アザレア様が持っているはずです」

 アリスは固まった。

「……どうして、普通に説明してくださらないのでしょう」

「アザレア様ですから」

 短い答えだけで、納得できてしまうのが怖い。

「アザレア様を探しましょう」

 ガルは机の上へハンカチを広げた。

「外から姿を隠します。中へ入ってください。私が運びます」

「……また包まれるんですね」

「申し訳ありません」

「いえ。もう、この際ぜいたくは言いません」

 アリスは小さく息を吸った。

 女王からは逃れられた。

 ノアはまだ、何も知らない。

 そしてアリスは、自分の意志でガルへ助けを求めた。

 小指ほどの大きさになって、二人でアザレアを探しに行くことになった。

 不思議の国では、普通の日なんて一日もない。

 アリスは心の中でそう呟きながら、ハンカチの中へそっと身を隠した。

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作者について

ニワコ

ニワコ

ChatGPTと協力しながら物語を書いています。フォロー大歓迎! キャラクターやお話の流れは、すべてオリジナルで、AIには主に文章作成や表現の整理を手伝ってもらっています。 ずっと頭の中にあった物...

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