第60話 6月22日の地図
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あらすじ
1907年、ウィーン美術アカデミー受験に失敗した若きアドルフ・ヒトラーは、 絵画の才能ではなく建築的構成力に向いていると指摘される。 史実では、その助言は彼の人生を救うほどの導線にはならなかった。 しかしこの世界では、面談した学長または教授が、彼の水彩画に見える建築物の描写力、正面構成、装飾への執着を見抜き、ウィーン市内の設計事務所や建築装飾工房への紹介状を書く。 「君は画家ではない。少なくとも、人物を描く画家ではない。 だが建物を見る目はある。 絵筆ではなく、定規と図面で食う道を探しなさい」 この一言が、歴史をわずかにずらす。 ヒトラーは政治集会の演壇ではなく、製図台へ向かう。 大衆を煽る言葉ではなく、式典会場の正面構成、店舗内装、建築透視図、仮設壇上、展示空間の意匠で生計を立てていく。 やがて第一次大戦には史実同様に従軍するが、戦後に戻る場所がある。 完全な漂流者ではない。 敗戦と混乱に怒りを抱えながらも、彼は政治運動の中心にはならず、設計と意匠の仕事へ戻る。 そして1920年代、ミュンヘンに小さな事務所を構える。 Adolf Hitler Entwurfsbüro アドルフ・ヒトラー意匠事務所 ここから始まるのは、世界征服ではない。 納期と外注と広告屋と若手所員に振り回される、偏屈な意匠家の職業人生である。
本文
1941年6月22日の朝、ブロンディは所長室の敷物を占領していた。
正確には、占領というほど整然としたものではなかった。敷物の中央に収まるでもなく、壁と机の角度に従うでもなく、黒茶の子犬は前足を片方だけはみ出させ、後ろ足を妙な方向へ投げ出して眠っていた。
ヒトラーはそれを見下ろした。
「正面に収まらん」
ブロンディは眠ったまま耳だけを動かした。
「寝ている時ぐらい、布の角に従え」
ユンゲは受付机の前で外套を整えながら言った。
「本日は会場へお連れにならないのですね」
「連れて行けるわけがない。展示会場には来賓、記者、配線、掲示、地図、椅子、花瓶、余計な靴がある。そこへ子犬を加えれば、導線ではなく混沌だ」
エルゼが書類鞄を閉じた。
「では、留守番ですね」
ヒトラーは、事務所に残る若い所員の一人を呼んだ。まだ正式な担当をいくつも持たされていない男で、今日は電話番と資料受け取りのために残ることになっていた。
「水は受付の入口に置くな。来客があれば靴と混ざる。紙は床に置くな。特に地図の下書きは駄目だ。所長室の敷物は動かすな。動かす場合は私に聞け」
若い所員は少し緊張してうなずいた。
「はい、所長」
「それから、勝手に食べ物を与えるな」
「はい」
「撫ですぎるな」
「はい」
「ただし、構わなすぎてもいけない。子犬は退屈すると、机の脚を仕事だと思う」
「承知しました」
エルゼが小声で言った。
「展示会場より指示が細かいですね」
ヒトラーは振り向いた。
「展示会場の地図は、少なくとも齧らん」
その言葉が終わらないうちに、ブロンディが目を覚まし、敷物の端を鼻で押した。敷物が少しずれた。
ヒトラーは眉を寄せた。
「……今のは偶然だ」
ユンゲは何も書かなかった。
ドナウ安全保障展の会場は、朝から人の気配に満ちていた。
まだ開場前だったが、入口には関係者の外套が並び、係員が案内札を確認し、記者たちが手帳を片手に立ち話をしていた。壁には展示の大きな標題が掲げられていた。
ドナウ安全保障展。
文字は大きすぎなかった。ヒトラーがそうさせた。遠くから読めるが、会場を支配しない大きさ。入口をくぐった来場者の目は、標題ではなく、その奥に置かれた大地図へ自然に進むようになっていた。
正面の地図には、ドナウ川が淡い青で流れていた。
国々は塗りつぶされていなかった。ルーマニアは濃すぎず、ハンガリーは薄すぎず、ブルガリアは灰色で消されず、ユーゴスラビアは内側を切り刻まれていなかった。山地は冷たい灰色で、鉄道は細く、港と油田は小さな印で示されていた。
ソ連の方角には赤い影はなかった。ただ、東の端が少し冷えるような色で押さえられていた。
ヒトラーは地図の前に立ち、しばらく黙っていた。
フランツが横から言った。
「国名より先に、川が見えますね」
「当然だ。そう作った」
ヨードルが来場者の動線を見た。
「人が正面で詰まりません」
「地図の前で立ち止まる者はいてよい。詰まる者はいらん」
ヒムラーが少し遅れて現れた。
いつもより丁寧な服装で、いつもより抑えた笑みを浮かべていた。彼は地図を見上げ、満足げにうなずいた。
「よい仕上がりです。分類表も補助室へきちんと」
ヒトラーはすぐに言った。
「補助室から出すな」
「出しません。必要な方には案内します」
「必要な者だけだ」
「もちろんです」
「君の必要は信用ならん」
ヒムラーは笑ったが、反論しなかった。
エルゼが発注元の担当者と支払書類を確認していた。ユンゲは来場者の流れと、案内係の位置を記録している。カイテルは軍事顧問団関係の展示を確認し、ヨードルは鉄道と道路の説明パネルを見ていた。
開場時刻になると、人々が入ってきた。
商工関係者、新聞記者、外交関係者、軍人、大学関係者、地図に興味があるだけの市民。会場の空気は硬かったが、戦時の硬さではなかった。人々は銃声ではなく、説明文と地図の前で声を落としていた。
ヒトラーは入口近くから来場者を見ていた。
最初に国名を探す者もいた。だが、多くの者は、地図の中央を流れるドナウを目で追った。ウィーンから東へ、ブダペスト、ベオグラード、鉄の門、ルーマニア平原、黒海へ。川に沿って視線が進むと、鉄道、港、油田、山地が自然に目に入る。
「よろしい」
ヒトラーは小さく言った。
「まだ誰も自分の色を探していない」
ユンゲはそれを聞き、記録帳に短く書いた。
来場者、まずドナウを見る。
午前のうちに、記者たちの質問が始まった。
「ルーマニアへの軍事顧問団派遣について、展示ではどの程度扱うのですか」
発注元の担当者が答えた。
「本展は軍事行動の宣伝ではなく、通商、交通、資源、地域安全保障の理解を目的としています。顧問団については、道路、鉄道、油田防護、国境警備支援の一部として紹介しています」
ヒトラーはそれを遠くで聞いていた。
悪くない答えだった。少なくとも、顧問団の名を大きな顔写真で飾るような愚は避けられていた。
別の記者が地図を指した。
「ユーゴスラビア内部の民族・宗教分布は、なぜ正面展示にないのですか」
ヒムラーが答えそうになった。
ヒトラーが一歩前に出た。
「正面展示はドナウだ」
記者は少し驚いたように彼を見た。
「内部事情を軽視しているということですか」
「違う。順番の問題だ。会場に入って最初に分断を見る者は、その後も分断しか見ない。まず川を見る。つながりを見る。その後で、必要なら補助資料を見る」
記者は手帳に書き込んだ。
ヒムラーは横で、少しだけ悔しそうにしていた。自分で言いたかったのだろう。
昼近く、会場の隅で別の話題が生まれ始めた。
最初は記者同士の低い声だった。
「北の方はどう見る?」
「フィンランドか」
「冬戦争の後始末は終わっていない。カレリアの避難民問題もある」
「ソ連は再軍備に抗議しているそうだ」
「ヘルシンキでは、戦争はまだ終わっていないと言う者もいるらしい」
「しかし、大きく動くには危険すぎる。単独ではな」
その会話は、展示の説明音に紛れていたが、少しずつ周囲へ広がった。ドナウの地図の前で、北の地図が口にされる。それは妙なことだったが、誰も不思議とは思わなかった。川の地図を見れば、別の川や湖や国境を思い出す者が出る。
ユンゲがヒトラーの方を見た。
ヒトラーも聞いていた。
「ここはドナウだ。カレリアではない」
彼は不機嫌そうに言った。
エルゼが言った。
「ですが、地図の話をすると、別の地図の話になるものです」
「だから困る。人間は一枚の地図の前で、三枚分の不安を持ち込む」
記者の一人が近づいてきた。若い男だった。ドナウ安全保障展の記事を書くつもりだったのだろうが、手帳にはフィンランドの文字も見えていた。
「所長、少しお伺いしても」
「私は外交官ではない」
「展示についてです。ここではドナウ流域の安全保障を扱っていますが、北欧、特にフィンランドの情勢についても、展示上参考にされたのでしょうか」
ヒトラーは眉を寄せた。
「参考にしていない」
記者は少し残念そうにした。
ヒトラーは続けた。
「だが、同じ過ちを避けることはできる」
「同じ過ちとは」
「線を濃くすることだ」
記者が手帳を構えた。
ヒトラーはドナウの地図を指した。
「停戦は線を消さない。線の上に薄い紙を置くだけだ。冬が終わっても、北の線が乾くとは限らん。だから、展示で線を太くしてはならない。太い線は、見る者に踏ませたくなる」
若い記者は急いで書いた。
「では、フィンランド情勢も」
「フィンランドの話は、フィンランドの地図でやれ。ここはドナウだ」
記者は少し笑いかけたが、ヒトラーの顔を見てやめた。
「失礼しました」
「失礼ではない。順番が悪いだけだ」
その後も、フィンランドの話題は会場の中で小さく続いた。
カレリア。
避難民。
国境警備。
ソ連の抗議。
北欧諸国の安全保障協議。
義勇兵。
鉄道。
湖。
港。
誰かが「戦争の続き」と言った。別の誰かが「いや、危機の続きだ」と訂正した。言葉は定まらなかった。定まらないからこそ、人々は余計に話した。
ヨードルが小さく言った。
「正式な戦争になるとは考えにくいですね。支える大きな戦線がなければ、フィンランドも無理はできない」
カイテルもうなずいた。
「ただ、国境の緊張は残る。冬戦争で線を引き直した後ですから」
ヒトラーは展示の地図を見たまま言った。
「引き直した線は、しばらく紙より目立つ」
フランツが尋ねた。
「この展示にも、そういう目立つ線がありますか」
「ある」
「どこです」
「見る者が不安に思う場所だ。こちらが細く描いても、相手の頭の中で太る」
ヒムラーが横から口を出した。
「だからこそ、分類資料で正確に」
「また始めるな」
ヒムラーは黙った。
午後になると、来場者は増えた。
会場の中は少し暑くなり、案内係が窓を開けるか迷った。ヒトラーは風の入り方を確認し、開けるなら片側だけにしろと指示した。地図の端がめくれるのを嫌がったからである。
展示はおおむね順調だった。
来場者は最初に川を見た。次に鉄道を見た。油田を見た。港を見た。最後に国境線を見た。ヒトラーはそれを何度も確認した。
エルゼは契約担当者との確認を終え、やや満足そうだった。
「少なくとも、支払いまでの線は見えました」
ヒトラーは言った。
「君の地図はいつも金庫へ流れる」
「事務所を維持するためです」
「否定はしない」
ヒムラーは来場者の反応を見ながら言った。
「補助室の分類資料も、意外と見られています」
「意外ではない。人は分類を見たがる」
「ならば正面に」
「置かん」
「はい」
ヒムラーは、今回は本当に引き下がった。
夕方近く、最初の大きな波が引いた。
会場にはまだ人が残っていたが、開幕の緊張は少しほどけていた。記者たちは外で煙草を吸いながら記事の見出しを考え、商工関係者は名刺を交換し、軍関係者は地図の前で短い会話を続けていた。
フィンランドの話もまだ残っていた。
「北ではまた冬を待つことになるのか」
「冬を待つ前に、夏のうちに動くという者もいる」
「だが、ソ連も黙っていまい」
「戦争ではなく、圧力のやり合いだ」
「それが一番長引く」
その声を背中に受けながら、ヒトラーは会場出口へ向かった。
ユンゲが記録帳を閉じ、フランツが資料をまとめ、エルゼが鞄を持った。ヨードルとカイテルは最後にもう一度地図を見ていた。ヒムラーは関係者に挨拶しながら、補助室の分類表がどれだけ見られたかを気にしていた。
外へ出ると、6月の夕方の光が残っていた。
ミュンヘンの通りは、展示会場の中よりもずっと普通だった。馬車が通り、自動車が走り、新聞売りが夕刊を畳んでいる。会場の中ではドナウとフィンランドの話が続いていたが、外ではパンの匂いがした。
フランツが言った。
「今日は無事に開きましたね」
「まだ初日だ」
ヒトラーは短く言った。
ユンゲが言った。
「来場者の流れは、悪くありませんでした」
「悪くはない。だが明日は別の客が来る。初日の客は、展示に従う。二日目の客は、展示に慣れたつもりで歩く」
エルゼが少し笑った。
「明日も心配事は尽きませんね」
ヒトラーは歩きながら言った。
「ドナウもフィンランドも結構だが、我が事務所にとって切実なのは、ブロンディが大人しくしているかだ」
ユンゲは顔を上げた。
「留守番の者にお願いしてあります」
「お願いで子犬が従うなら、欧州の地図はもっと静かだ」
誰も反論しなかった。
事務所へ戻ると、若い所員が受付の前に立っていた。
少し疲れた顔をしていた。
ヒトラーは扉を開けるなり尋ねた。
「被害は」
若い所員は姿勢を正した。
「紙は無事です。水は一度こぼしましたが、すぐ拭きました。電話は2件、資材確認と本屋からです。所長室の敷物は……少し動きました」
「少しとはどの程度だ」
「半歩ほどです」
ヒトラーは所長室へ向かった。
ブロンディは敷物の上で眠っていた。
敷物は確かにずれていた。しかも斜めだった。机の脚に対しても、壁に対しても、正面には収まっていない。だが紙は齧られていなかった。水は片づいていた。机の脚も無事だった。
ブロンディは眠ったまま、小さく息をしていた。
ヒトラーはしばらく見下ろした。
「……被害は軽微だ」
若い所員は、はっきり安堵した。
エルゼが受付の方から言った。
「それはよかったですね。ドナウ安全保障展より大きな問題でしたから」
ヒトラーは振り向いた。
「大きさではない。切実さだ」
ユンゲは記録帳を開いた。
今日の記録には、ドナウ安全保障展開幕、来場者動線、フィンランド情勢に関する記者間の話題、補助展示室の反応を書く予定だった。
最後に一行、加えた。
ブロンディ、留守番。被害軽微。
外は暗くなり始めていた。
1941年6月22日。
その日、ミュンヘンではドナウの地図が開かれた。川は淡い青で流れ、国境線は太くならず、人々はその前で声を落として話した。北の方では、冬の後に残った線がまだ冷えていた。新聞記者たちは、それを手帳の中へ書き込んだ。
事務所の中では、子犬が斜めに眠っていた。
ヒトラーは敷物を直そうとして、手を止めた。
直せば起きる。起きれば歩く。歩けば水をこぼすかもしれない。
彼は手を引っ込めた。
「今日はこのままでよい」
ユンゲは明かりを落とした。
所長室の隅で、ブロンディは正面に収まらないまま眠っていた。ドナウの地図よりも小さく、フィンランドの国境線よりも近く、そしてその日の事務所にとっては、ずっと切実な問題として。