第117話 正しく見える二台
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あらすじ
1907年、ウィーン美術アカデミー受験に失敗した若きアドルフ・ヒトラーは、 絵画の才能ではなく建築的構成力に向いていると指摘される。 史実では、その助言は彼の人生を救うほどの導線にはならなかった。 しかしこの世界では、面談した学長または教授が、彼の水彩画に見える建築物の描写力、正面構成、装飾への執着を見抜き、ウィーン市内の設計事務所や建築装飾工房への紹介状を書く。 「君は画家ではない。少なくとも、人物を描く画家ではない。 だが建物を見る目はある。 絵筆ではなく、定規と図面で食う道を探しなさい」 この一言が、歴史をわずかにずらす。 ヒトラーは政治集会の演壇ではなく、製図台へ向かう。 大衆を煽る言葉ではなく、式典会場の正面構成、店舗内装、建築透視図、仮設壇上、展示空間の意匠で生計を立てていく。 やがて第一次大戦には史実同様に従軍するが、戦後に戻る場所がある。 完全な漂流者ではない。 敗戦と混乱に怒りを抱えながらも、彼は政治運動の中心にはならず、設計と意匠の仕事へ戻る。 そして1920年代、ミュンヘンに小さな事務所を構える。 Adolf Hitler Entwurfsbüro アドルフ・ヒトラー意匠事務所 ここから始まるのは、世界征服ではない。 納期と外注と広告屋と若手所員に振り回される、偏屈な意匠家の職業人生である。
本文
1942年10月24日、土曜日。
朝の事務所には、雨の来そうな薄暗さが残っていた。
ユンゲが窓際のカーテンを少し開けたが、製図室へ入る光はほとんど増えなかった。机上灯が順に点けられ、紙の白さだけが室内に浮かび上がる。
ヒトラーは所長室で朝刊を広げていた。
一面には、太平洋方面の戦況が載っている。
ガダルカナル島では、日本軍が夜間輸送を続け、アメリカ軍はヘンダーソン飛行場を保持している。日本側が大規模な攻撃を準備しているとの観測もあったが、兵力も時期も明らかではない。
ヒトラーは記事を読み、鼻を鳴らした。
「また昼はアメリカ、夜は日本か」
クレープスがノートにまとめ直した戦果表を手にして、扉の向こうから答えた。
「膠着状態は続いているようです」
「島を半日ずつ使って、どちらも自分のものだと言っている」
「日本側の夜間輸送は増えています」
「東京急行とやらか」
「そう呼ばれています」
「急行列車なら、時刻表がある。これは暗闇で荷を投げ下ろして帰る船だ」
ヒトラーは紙面をめくった。
国際面には、エレノア・ルーズベルトのイギリス訪問が写真付きで載っていた。
アメリカ大統領夫人、ロンドン到着。
病院、女性労働者の施設、軍需工場などを視察予定。
英米両国の社会福祉、女性動員、太平洋戦争支援について意見を交わすとされていた。
「大統領はアメリカに残り、夫人がイギリスを見るのか」
カイテルが言った。
「政治訪問だけではなく、社会施設の視察が中心のようです」
「夫の代わりに軍艦を見るのではないのか」
「病院と工場です」
「病院も工場も、今は戦争の一部だ」
ヒトラーは写真を見た。
エレノアは帽子をかぶり、出迎える人々へ手を差し出していた。
「この人はどこへ行っても、最初からそこに用事があったような顔をしている」
「外交には向いているのでは」
フランツが言った。
「外交とは、用事のない場所でも用事がある顔をすることか」
「そういう時もあると思います」
「便利な仕事だ」
ヒトラーは国際面を折り、国内面を開いた。
そこに、昨日までよりも大きなロンメルの写真が載っていた。
ロンメル将軍、療養明け。
国防省新型戦車実用審査委員長に就任へ。
記事によれば、ロンメルはドナウ方面での任務中に体調を崩し、国内で療養を続けていた。回復は順調で、10月25日付で国防省勤務となり、次期標準中戦車および重突破戦車の実用審査を統括する。
審査対象には、走行性能だけでなく、鉄道輸送、橋梁通過、燃料消費、整備性、乗員教育、生産性も含まれるとあった。
ヒトラーは記事を読み返した。
「昨日まで寝かせていた男を、明日から戦車へ乗せるのか」
「国防省勤務です。自分で乗るわけではありません」
カイテルが言った。
「いや、この男なら乗る」
「試験場では乗るかもしれません」
「そして設計者に、ここが狭い、これは直せん、橋が落ちると言う」
「それが仕事です」
「分かっている。だから厄介なのだ」
ヒトラーは写真を指で叩いた。
「ポルシェ博士は今日、何時に来るのだったかね」
ユンゲが予定表を確認した。
「10時です。設計所の助手2名と、模型搬入の作業員が来ます。ポルシェワーゲン1台と貨物車1台です」
「展示台も持ってくるのか」
「はい。模型だけでなく、説明図と内部配置図もあるそうです」
ヒトラーはロンメルの記事を切り抜かず、そのまま机の端へ置いた。
「よりによって、見る人間の名が先に新聞へ出た」
フランツが言った。
「審査する人が分かった方が、準備しやすいのではありませんか」
「相手に合わせて形を変える気はない」
「見せ方は変えるのでしょう」
ヒトラーはフランツを見た。
「それは迎合ではない。正面を整えるだけだ」
「はい」
「返事が早すぎる」
午前10時の少し前、表の通りから車の音が聞こえた。
ユンゲが受付から外を見る。
黒いポルシェワーゲンが事務所前へ停まり、その後ろへ幌付きの小型貨物車がついた。
先に降りた助手が貨物車の後部を開け、木箱と展示台を確認する。続いてポルシェ博士が車から降りた。
白髪は1932年に会った時より増えていた。
しかし、歩き方にも目の鋭さにも大きな変化はない。
ユンゲが扉を開ける。
「ポルシェ博士、お待ちしておりました」
「ご無沙汰しております」
博士は帽子を取り、事務所へ入った。
ヒトラーは応接の前で待っていた。
互いに一瞬だけ顔を見た。
「ポルシェ博士」
「所長」
2人は握手をした。
親しい再会というほどではない。
だが、初対面の客に向ける探るような間もなかった。
ポルシェ博士は事務所の中を見回した。
「前にお会いした頃より、大きい事務所に変わったようですな」
「人と紙が増えただけです」
「それを普通は、仕事が増えたと言います」
「仕事が増えると、紙はそれ以上に増えます」
「設計所も同じです」
背後では、助手たちが貨物車から最初の木箱を降ろしていた。
ブルクドルフとフランツも手伝いに出る。
箱は見た目より重かった。
「こちらがⅤ号です」
助手が言った。
「先に小さい方か」
ヒトラーが尋ねた。
「標準中戦車の方です」
ポルシェ博士が訂正する。
「大きさで呼ぶと、あとで問題になります」
「その問題を見るために、あなたは私のところへ来たのでしょう」
「その通りです」
模型は製図室奥の大机へ運び込まれた。
もう一つの箱はさらに大きく、入口を通すために少し傾ける必要があった。
ヒトラーはすぐに声を上げた。
「傾けるな。砲塔がずれるではないか」
助手が答える。
「固定してあります」
「固定していても傾けるな」
ポルシェ博士が言った。
「所長、実車は傾斜地を走ります」
「今は模型だ。役割が違う」
ポルシェ博士は少し笑った。
「10年前と変わりませんな」
「何がです」
「都合が悪くなると、役割を持ち出す」
ヒトラーは博士を見た。
「それはあなたもです」
2台を運び終えると、助手たちは覆いを掛けたまま展示台の脚を調整した。
模型の調整にはまだ時間がかかるというので、ポルシェ博士は応接へ通された。
ユンゲが盆を運んできた。
白いカップに、淡い琥珀色のりんご茶が入っている。
ポルシェ博士はカップを見た。
「コーヒーではないのですな」
「りんご茶です」
ヒトラーも同じものを取った。
「あなたのところで出されたコーヒーは覚えています」
ポルシェ博士は眉を上げた。
「10年前のですか」
「まろやかだった」
「それはありがとうございます」
「こちらから契約書の味を返す必要はない」
隣の机で書類を確認していたエルゼが顔を上げた。
「また私のコーヒーの話ですか」
ヒトラーは振り返らなかった。
「他に契約書の味がするコーヒーはない」
「契約書に味はありません」
「君のコーヒーにはある」
ポルシェ博士が笑った。
「苦く、逃げ場がなく、飲み終わるまで責任を取らされる味でしたかな」
ヒトラーが博士を見た。
「覚えているのですか」
「所長の表現は、コーヒーより残ります」
エルゼは書類へ目を戻した。
「今日は茶で正解だったようですね」
ポルシェ博士はりんご茶を一口飲んだ。
「これは、所長が普段飲まれているものですか」
「エルゼのコーヒーでは胃がもたないので私が自分で選んでいます。なかなか良い、りんごの味です」
「まろやかですな」
「それならよい」
しばらく、2人は仕事以外の話をした。
事務所の移転。
ミュンヘン販売店の改装。
部品受付の増設。
ショーウィンドウの照明交換。
ポルシェ博士本人と直接顔を合わせることはなかったが、図面と報告書はシュトゥットガルトへ送られていた。
「販売店の車は、まだ斜めに置かれています」
ポルシェ博士が言った。
「戻していないでしょうね」
「所長の指示通りです。売れています」
「売れたことと、配置が正しいことは別です」
「しかし、間違っている証明にもなりません」
「ヴァイスと同じことを言わないでください」
「映画館の方ですかな」
「知っているのですか」
「ミュンヘンでの、失われた地平線再上映の新聞記事で名前を見ました。装飾を請け負った意匠事務所が、ポタラ宮やチベットの山を参考にしてギリギリまで作りこんだ、とあったのでヒトラー所長の事ではと思っていました」
ポルシェ博士はもう一口、茶を飲んだ。
「事務所のポルシェワーゲンは、まだ動きますかな」
「動きます。一度エンジンの具合を悪くしましたが、修理した。今は近場専用の営業車です」
「遠くへは?」
「オペルのカピテーンを使っています」
「大きな車へ替えられたのですね」
「大きさではありません。4扉車が必要だったのです」
ポルシェ博士は笑った。
「後席の話を、まだ覚えておられた」
「10年前から狭かったのです。時間がたっても広くならない」
「小型車に扉を増やせば、車体構造も重量も変わります」
「だからあなたは作らず、私はカピテーンを買った」
「合理的な判断です」
「褒められている気がしません」
「褒めています」
「なら、もう少し不合理に聞こえないよう言っていただきたい」
製図室から、フランツが顔を出した。
「準備できました」
ポルシェ博士はカップを置いた。
「では、本題に入りましょう」
覆いは、Ⅴ号から外されていた。
灰色に塗られた精密模型が現れる。
長い車体。
前方に置かれた砲塔。
幅広い履帯。
側面の転輪。
実車ではないが、砲身や点検口、排気部、工具の位置まで作り込まれていた。
ヒトラーは正面へ立った。
すぐには何も言わなかった。
少し腰を落とし、模型と同じ高さに目を合わせる。
次に側面へ回った。
後部を見る。
また正面へ戻る。
ポルシェ博士が説明しようとした。
「こちらが次期Ⅴ号標準中戦車案です。75ミリ砲を搭載し、電気駆動によって――」
ヒトラーは手を上げた。
「まだ説明しないでください」
「なぜです」
「説明を聞いたあとでは、説明書どおりのものに見えてしまう」
ポルシェ博士は黙った。
ヒトラーはもう一度、Ⅴ号の周囲を歩いた。
「前が重く見える」
「砲塔がありますから」
「砲塔がある戦車は、全部前が重いわけではない」
「内部配置上、砲塔位置はここになります」
「位置を変えろとは言っていません。重く見えると言っている」
ポルシェ博士は模型を見た。
「では、どうします」
「まだ分かりません」
「分からないと言われるとは思いませんでした」
「分からない時に分かった顔をするのは、新聞だけで十分です」
続いて、Ⅵ号の覆いが外された。
同じ灰色。
同じ設計者の手によることは一目で分かる。
しかし、車体は大きく、砲塔も砲も明らかに重い。履帯はさらに幅広く、前面には押し出すような厚みがあった。
2台が並ぶと、Ⅴ号の見え方が変わった。
単独では一台の標準中戦車だったものが、急に小型のⅥ号に見える。
ヒトラーは2台の間に立った。
左を見る。
右を見る。
少し離れる。
また近づく。
「なるほど」
ポルシェ博士が尋ねた。
「問題が分かりましたか」
「Ⅴ号が、Ⅵ号の縮小模型に見える」
助手の一人が言った。
「基本思想が共通していますから」
ヒトラーは助手を見た。
「技術者には、それが長所に見える」
「違いますか」
「審査員には、大小2台に見える」
ポルシェ博士が模型へ近づいた。
「Ⅴ号は標準中戦車です。Ⅵ号は重突破戦車。同じではありません」
「それをあなたは知っている。私は今、知らない者の目で見ています」
ヒトラーはⅤ号を指した。
「こちらは、多数が道路を進み、部隊の中心になる車両」
次にⅥ号を指す。
「こちらは、必要な場所へ出し、前をこじ開ける車両」
「その通りです」
「だが模型は、兄と弟だと言っている」
「設計思想を変えるつもりはありません」
「変えろとは言っていません」
ヒトラーは朝刊を取りに所長室へ戻った。
ロンメルの記事が載った紙面を持ってくる。
それを2台の模型の手前へ置いた。
ポルシェ博士も記事を読んだ。
「ロンメル将軍ですか」
「明日から、新型戦車実用審査委員長です」
「知っています」
「ならば話が早い」
ヒトラーは写真を指した。
「この人は模型の正面だけ見て帰る人物ではない」
「性能を見てもらうための審査です」
「だからこそ、飾っていると思わせてはならない」
「私は美しくしてほしいとは言っていません」
「分かっています」
ヒトラーはⅤ号とⅥ号を交互に見た。
「正しく見せるのです」
ポルシェ博士は腕を組んだ。
「将軍に納得してもらえる正面が必要だ、と?」
ヒトラーは小さく頷いた。
「Ⅴ号を見て、なぜ標準車にこれほど複雑な駆動装置が必要なのかと考える」
ポルシェ博士の表情が少し硬くなった。
「電気駆動には利点があります」
「それはあなたが説明する」
次にⅥ号を見る。
「Ⅵ号を見て、壊れた時に誰が動かすのかと考える」
「整備要員をつけます」
「それもあなたが説明する」
「では、所長は何をするのです」
ヒトラーは机上の展示台を動かした。
まずⅤ号を、正面から少し斜めへ向ける。
車体側面と履帯が見え、砲身の先に空間ができた。
「Ⅴ号は、進む車両だ。道路と部隊の中へ置く」
続いてⅥ号を、正面へ近い角度へ戻した。
幅広い履帯と砲の重さが、真正面から見える。
「Ⅵ号は、前を押し開く。逃げずに正面を見せる」
ポルシェ博士は2台を見た。
「同じ方向へ並べないのですか」
「並べます。ただし、同じ場所へ行く顔はさせない」
「同じ軍で使う車両です」
「役割が違う」
ヒトラーはⅤ号の展示台の下へ、細い紙を一枚差し込んだ。
そこへ鉛筆で道路の線を引く。
Ⅵ号の前には、線を引かなかった。
代わりに、低い壁のような黒い紙片を置いた。
ポルシェ博士が尋ねた。
「障害物ですか」
「Ⅵ号の前には、道がない」
「道がなければ進めません」
「だから作るのです」
ヒトラーは2台から少し離れた。
Ⅴ号は道を進むように見えた。
Ⅵ号は道の終わりへ向かっているように見えた。
同じ灰色。
同じ電気駆動。
同じ設計所の思想。
それでも、先ほどより役割は分かれていた。
フランツが言った。
「大小2台には見えにくくなりました」
「まだ足りん」
ヒトラーは答えた。
「説明板の文字が同じ大きさだ。Ⅴ号は運用を先に見せる。Ⅵ号は突破力を先に見せる。内部構造図も並べ方を変える」
ポルシェ博士が尋ねた。
「電気駆動はどこへ置きます」
「隠しません」
「では中央ですか」
「どちらも中央へ置けば、また同じ車両に戻る」
ヒトラーはⅤ号の説明板を指した。
「Ⅴ号では、整備と操縦の項目の中へ入れる」
次にⅥ号。
「Ⅵ号では、重量を動かす仕組みとして前へ出す」
「同じ装置を、別の意味で見せるのですか」
「意味が違うのではない。役割の中で置き場所が違う」
ポルシェ博士はしばらく黙っていた。
やがて、2台の模型の間を歩いた。
Ⅴ号の横で止まる。
次にⅥ号の正面へ立つ。
そしてロンメルの記事を見る。
「前に新聞で、東プロイセン展の記事を読みました」
突然、ポルシェ博士が言った。
ヒトラーは顔を上げた。
「随分と前の話です」
「ドナウ展も、南スラブ展の事も見ました。どちらも、前へ出たがるものが多かった」
「今回は戦車が2台です」
「だから、所長へ頼みました」
ポルシェ博士はⅤ号へ手を置いた。
「私には、この2台が違って見える。設計した側ですから」
「当然です」
「しかし審査する側には、同じ思想の大小に見えるかもしれない」
「見えています」
「そこまで悪いですかな」
「悪いのではありません。正しくない」
ポルシェ博士は少し笑った。
「販売店の時と同じですな」
「何がです」
「車は悪くない。売る場所に正面がなかった」
ヒトラーも2台を見た。
「今回は、車両に正面がないのではない」
「では?」
「2台の間に、違いを見せる正面がない」
製図室には、土曜日の昼前の静けさが戻った。
博士の助手たちは寸法を取り、クレープスは展示台の変更点を書き込み始めた。
ユンゲは応接のカップを片づけながら、模型を見て口にした。
「これから試作車を作るのですか」
ポルシェ博士が答えた。
「模型審査を通れば、まず走行用の試作車です。Ⅴ号が先になります。砲塔を載せず、同じ重量を積んで走らせる場合もあります」
「Ⅵ号は?」
「こちらは少し後です。重突破戦車は、標準中戦車ほど急ぎません」
ヒトラーが言った。
「大きい方が後なのですか」
「大きいから後です」
「戦艦と同じだな」
「戦艦?」
「大きすぎる主役は、自分のために舞台を作らせる」
ポルシェ博士はⅥ号を見た。
「これは主役ではありません。道具です」
「軍人もそう言うでしょう」
「所長は違うのですか」
「道具にも、役割を間違えられない顔が要る」
昼が近づき、外の通りが少し明るくなった。
ロンメルの記事は、2台の模型の間に置かれたままだった。
ポルシェ博士がそれを取り上げる。
「将軍は、この展示で納得するでしょうか」
ヒトラーはⅤ号の角度をわずかに直した。
次にⅥ号の砲身を正面へ戻す。
「展示だけで納得するなら、委員長には向いていません」
「では、何のために整えるのです」
「疑う順番を正しくするためです」
「正しく疑わせる?」
「Ⅴ号を見て、Ⅵ号より弱いとは思わせない。Ⅵ号を見て、Ⅴ号より大きいだけだと思わせない。その後で、あなたの電気駆動を疑ってもらう」
ポルシェ博士は笑った。
「最後は疑われるのですな」
「隠す気だったのですか」
「いいえ」
「ならば問題ありません」
ヒトラーは2台を見渡した。
同じ設計思想。
違う重量。
違う砲。
違う役割。
そして、これから実物になる可能性を持った模型。
「大小二台では終わらせません」
ポルシェ博士が尋ねた。
「では、何にします」
ヒトラーはロンメルの記事を模型の横へ置き直した。
「正しく見える二台にします」
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