第133話 次の運転席
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あらすじ
1907年、ウィーン美術アカデミー受験に失敗した若きアドルフ・ヒトラーは、 絵画の才能ではなく建築的構成力に向いていると指摘される。 史実では、その助言は彼の人生を救うほどの導線にはならなかった。 しかしこの世界では、面談した学長または教授が、彼の水彩画に見える建築物の描写力、正面構成、装飾への執着を見抜き、ウィーン市内の設計事務所や建築装飾工房への紹介状を書く。 「君は画家ではない。少なくとも、人物を描く画家ではない。 だが建物を見る目はある。 絵筆ではなく、定規と図面で食う道を探しなさい」 この一言が、歴史をわずかにずらす。 ヒトラーは政治集会の演壇ではなく、製図台へ向かう。 大衆を煽る言葉ではなく、式典会場の正面構成、店舗内装、建築透視図、仮設壇上、展示空間の意匠で生計を立てていく。 やがて第一次大戦には史実同様に従軍するが、戦後に戻る場所がある。 完全な漂流者ではない。 敗戦と混乱に怒りを抱えながらも、彼は政治運動の中心にはならず、設計と意匠の仕事へ戻る。 そして1920年代、ミュンヘンに小さな事務所を構える。 Adolf Hitler Entwurfsbüro アドルフ・ヒトラー意匠事務所 ここから始まるのは、世界征服ではない。 納期と外注と広告屋と若手所員に振り回される、偏屈な意匠家の職業人生である。
本文
1943年1月最初の講習日は、道路の端にまだ雪が残っていた。
ヒトラーは教習車の運転席へ座ると、眼鏡をかけ、座席を動かし、鏡を合わせた。鏡の中の自分を気にする時間は、以前より短くなっていた。
教官が隣へ乗り込んだ。
「では、前回の続きから始めましょう」
「年が変わっても、最初からやり直すわけではあるまいな」
「覚えていらっしゃれば、その必要はありません」
ヒトラーは返事をせず、前方を見た。
発進は滑らかだった。
以前は車が動き始めるだけで、左足も右足も、それぞれ勝手な意見を持っているように感じられた。今は少なくとも、同じ仕事をしている。
交差点へ近づくと、早めに速度を落とした。
右から荷車が来ていた。御者は厚い外套へ首を埋め、馬の背からは薄く湯気が上がっている。
ヒトラーは荷車を通し、その後ろの道を確かめた。
「今の確認はよかったですね」
「荷車は見落としようがない」
「その後ろまで見たことです」
ヒトラーは少しだけ顎を引いた。
褒められたことについて何か言うと、その分だけ別の注意を受けそうだった。
講習を終えるころには、窓の内側がうっすら曇っていた。ヒトラーは車を止め、教官の指示を待ってからエンジンを切った。
「操作はだいぶ落ち着きました。次は、交通の流れを見ながら判断する練習を増やしていきます」
「今までも道路は見ている」
「道路にいる、ほかの人の動きもです」
教官は手帳へ何かを書いた。
「自分がどう動くかを考える余裕は、もうできていますから」
自動車学校の外では、ケンプカが迎えの車のそばに立っていた。
「お疲れさまでした、所長」
「今日はエンジンを止めずに済んだ」
ケンプカは教習車の方を見た。
「最後には止めたのでしょう」
「途中でだ」
「それは失礼しました」
ヒトラーが後部座席へ乗ると、ケンプカは扉を閉じた。
走り出してから、ヒトラーは前の座席へ声をかけた。
「例の面接はどうなった」
「来週、もう一度来るようにと言われています。今度は実際に運転するそうです」
「役員の運転手だったな」
「はい。勤務時間や待遇の話も、そのときに」
ヒトラーは窓の外へ目を向けた。
「聞くことは、紙に書いて持っていけ」
「用意しています」
「月給だけ聞いて帰ってくるな。待っている時間をどう数えるかも聞け」
「そこも確かめます」
車は、先ほど教習車で通った交差点へ近づいていた。
ケンプカは少しも慌てず速度を落とした。ヒトラーは、その足元が見えるわけでもないのに、前の座席の下へ目をやった。
事務所では、新年の挨拶状がまだ届いていた。
エルゼが差出人ごとに分け、ユンゲが返事の必要なものを揃えていた。カイテルたちは年末から持ち越した仕事を再開し、製図台の上には、年始休暇の間だけ畳まれていた図面が広がっていた。
ケンプカの面接日も、事務所の予定表へ書き込まれた。
候補は、役員運転手だけではなかった。
知人から紹介された修理工場が1軒。それから、社用車の運転と管理を任せたいという機械メーカーが1社あった。
「修理工場の方は、ほとんど工場の中での仕事になるそうです」
昼休み、ケンプカがそう報告した。
「それも君の仕事だろう」
「はい。ただ、できれば運転も続けたいと思いまして」
ヒトラーは、ケンプカの持ってきた紙を見た。
会社名、勤務場所、賃金、休日。まだ空白になっている欄もあった。
「こちらの会社は、何を作っている」
「工作機械の部品製造です。工場と事務所が離れていて、役員や技師を乗せて往復することが多いそうです。取引先へ出ることもあります」
「その合間に整備か」
「日常の点検と、できる範囲の修理です。大きな修理は、これまで頼んでいる工場へ出すと聞いています」
ヒトラーは紙を返した。
「仕事が2つあるなら、その2つをいつやるのかも聞いておけ」
ケンプカは頷き、空いていた欄へ書き足した。
1月の上旬が過ぎるころ、事務所のラジオから、騒がしい行進曲が流れるようになった。
最初に気づいたのはクレープスだった。
「これ、新年に話していた映画の曲ではありませんか」
広告校正の打ち合わせに来ていたゲッベルスが、校正刷りから顔を上げた。
「こちらはイタリア版の方です」
アメリカでは『天皇の御真影』が好調な出足を見せ、それに続いて公開された『ドゥーチェのお顔』も客を集めているという。新聞の文化欄には、ディズニーが同じ仕立てで、別の独裁者を風刺したと書かれていた。
歌もまた、映画を追い越しそうな勢いで広がっていた。
ラジオの向こうで男たちが声を揃えた。
“Stand tall, stand tall, and salute the Duce’s face!”
(胸を張れ、胸を張れ、ドゥーチェのお顔に敬礼だ!)
ヒトラーの鉛筆が止まった。
歌は構わず続いた。
戸棚が空でも歓声を上げろ。
朝食にはマカロニが3つもある。
ポスターには小麦が山積みだから隣のパン屋が空でも気にするな。
ゲッベルスが少し笑った。
「食糧の話からサッカーへ移るところが、よくできています。試合に負けても、翌朝の新聞では勝ったことになる」
「話の大筋は元日に聞いた」
「曲になると、また印象が違うでしょう」
ヒトラーは鉛筆を置いた。
「『天皇の御真影』は頭を下げろとうるさかったのに、今度は胸を張れとうるさい」
ラジオの曲中では、審判が絶対に間違えないことになっていた。
「ユンゲ君、ラジオを消してくれ」
「はい」
歌声が途切れた。
暖房の管から、小さく音がした。
ヒトラーは校正刷りをゲッベルスの方へ押した。
「それで、この店の住所は、いつから通りの反対側へ移った」
ゲッベルスは紙へ目を落とした。
「番地が違っていますね」
「歌の規則より、こちらを先に直せ」
その週の新聞には、フランス軍のインド洋派遣についても続報が載った。
前年11月に出発が報じられた第二次インド洋派遣部隊が、セイロン島などで配置につき始めていた。艦隊はトリンコマリーを拠点に補給と連絡を整え、陸上部隊はコロンボでの荷揚げを経て、宿営地へ移動しているという。
フランス極東派遣軍司令官のジロー将軍は、部隊の集結と装備の受領状況を本国へ報告していた。
その隣には、ド・ゴール将軍の談話があった。
フランスは極東で、ほかの国が決めた方針に部隊を添えるだけであってはならない。派遣した戦力に見合う発言権を持ち、戦争の終わり方まで考えて行動すべきだという主張だった。
ヒトラーは途中まで読み、紙面を折り直した。
この将軍の記事は、以前より長くなっていた。
1月14日の朝、ヒトラーは別の記事で手を止めた。
アメリカのアイオワ州に住む一家へ、海軍から知らせが届いたという。
前年11月にソロモン諸島方面で沈んだ巡洋艦ジュノーには、サリヴァン家の5人の兄弟が乗り組んでいた。
5人とも、戦闘中行方不明。
家族への通知は1月12日になってからだった。
記事には兄弟の名前と年齢が並んでいた。最年長が27歳、最年少が20歳だった。
ヒトラーは、最初の行へ目を戻した。
「5人とも、同じ艦に乗っていたのか」
帳簿を置きに来たエルゼが、新聞へ目を向けた。
「沈んだ巡洋艦ジュノーのことですね。兄弟みんなで一緒に、と希望したそうですね」
ヒトラーは何も言わなかった。
隣の短い記事には、ルーズベルト大統領が母親へ書簡を送ったとあった。そこにも、まだ行方不明という言葉が使われていた。
ヒトラーは眼鏡を外した。
新聞の端を押さえていた指が、そのまま止まった。
エルゼは帳簿を机の空いているところへ置き、静かに離れた。
しばらくして、ヒトラーは茶のカップを取った。
もう、ほとんど湯気は立っていなかった。
その日の午後も、講習は予定どおり行われた。
市街地では、店の前へ配達車が止まり、荷を下ろす男が道路へ背を向けていた。
ヒトラーは早めに速度を落とした。
男の足元から、小さな木箱が転がり出た。
教官が隣で頷いた。
「今の余裕でいいのです」
ヒトラーは木箱を拾う男を待った。
男が帽子を持ち上げると、ヒトラーは短く頷き、車を進めた。
1月半ばには、ケンプカの面接も具体的な話へ進んでいた。
役員運転手の選考では、実際に市内を走り、車寄せへつけ、狭い場所で向きを変えた。経歴と運転については問題ないと言われたらしい。
「条件はよいのか」
ヒトラーが尋ねた。
「悪くありません。車もきちんと手入れされています」
「では、何を考えている」
ケンプカは少し間を置いた。
「整備は、すべて別の係がするそうです」
「大きな会社なら、そういうところもあるだろう」
「はい。運転手は車を預けて、次の用事まで待つことになると」
ヒトラーはケンプカを見た。
「待つのは、ここでもしている」
「ここでは、待っている間に点検できます」
ケンプカは窓の外の車へ目をやった。
「調子が変わったと思えば、自分で確かめられますから」
それから数日後、ケンプカは機械メーカーの車庫を見てきた。
最初の役員運転手の候補先ほど、車庫も車も立派ではなかった。ただし、道具の置き場所と作業台はあり、記録簿には、修理した日と内容が細かく残っていた。
ケンプカはそこで社用車を運転し、戻ってから整備担当者と車を見た。
面接を終えて事務所に戻るとヒトラーが訊ねた。
「何を聞かれた」
「すぐに直すべきところと、次の点検まで待てるところを分けてほしいと」
「何でも交換すると言えば、金がかかるからな」
「何でも大丈夫だと言われても困る、と言っていました」
ヒトラーは頷いた。
「話の通じる相手らしい」
1月18日には、ワルシャワでユダヤ系住民のデモが行われた。
翌日の新聞は、大学での座席の区別や就職差別に抗議する学生と市民の列に、ユダヤ系ではない学生や労働組合の人々も加わったと伝えていた。
一部では警官隊との揉み合いになったが、代表者は陳情書を提出した。政府と大学当局の対応を求める声明も出されていた。
記事の下には、鉄道の冬季運行に関する案内が載っていた。
ミュンヘンでは、その朝も路面電車が少し遅れていた。
ヒトラーが事務所へ着くと、ユンゲが講習時間に間に合うよう、午前中の打ち合わせを短く組み直していた。
「こちらは明日の午前に回しました」
「相手は承知しているのか」
「承知しています。所長がまた途中で時計をご覧になるより、その方がよいそうです」
「私が時計を見るのは、話が長いからだ」
「ですから、明日にしました」
ヒトラーは予定表を受け取った。
その週の後半には、サリヴァン一家についての小さな続報もあった。
ローマ教皇ピウス12世が両親へ慰めの言葉を伝え、銀のメダルとロザリオを贈ったという。
ヒトラーは記事を最後まで読んだ。
新聞を畳むと、午前中の仕事の書類を手元へ寄せた。
1月も後半に入ると、ポルシェ博士から連絡が来た。
11月に国防省へ送った次期戦車の模型と説明資料について、審査側から追加の提出物を求められたという。
数日後、博士はその照会書を持って事務所へ現れた。
「模型の見せ方は、よく分かったそうです」
ヒトラーは差し出された書類を受け取った。
「それで、何を増やせと言ってきていますか」
「よく分かったので、もっと詳しく見たいと言っている」
V号の標準中戦車案については、試作車による比較へ向け、製作と試験の計画をさらに詰めることになっていた。
VI号の重戦車案では、車両そのものに加え、輸送や回収に何が必要になるのかを整理するよう求められていた。
採否が決まったわけではなかった。
ロンメル将軍が率いる審査委員会は、各社へ同じ項目で答えるよう求めていた。製作に要する費用、必要な設備、整備員の教育、故障した場合に部隊で扱える範囲。その先を、どこへ引き渡すのか。
博士は椅子へ座った。
「あなたの説明が分かりやすかったせいで、質問が増えました」
「分からないまま通せという注文は受けておりません」
「そう言うと思いました」
博士は別の紙を出した。
「今度は、整備と輸送の資料を揃えたい。数字と条件はこちらで出す。見比べられるようにして頂きたい」
ヒトラーは照会書と既存の説明図を並べた。
「質問の順に並べます。回答が別の紙へ飛ぶようにしない方がよろしいでしょう」
「技師たちは、装置ごとに分けたがる」
「審査する側は、装置の名前を順番に読みたいのではありませんからな」
模型の写真では、車体の横に設けた余白が、整備や鉄道輸送の説明に使われていた。
ヒトラーはその部分を指で叩いた。
「ここを広げる。ただし、まだ試していないことまで、できるとは書かないほうが良いでしょう」
「それは分けてあります」
「ならば、分けたままもらいましょう」
書類を届けに来たケンプカが、開かれた資料へ目を留めた。
博士が顔を上げた。
「運転を仕事としている君なら、何から見るかね?」
ケンプカはヒトラーを見た。
ヒトラーは紙を少し回した。
「答えてもらって構わん」
「故障したときに、手元の道具でどこまでできるか、でしょうか。その先は、誰を呼ぶのかも」
博士は頷いた。
「審査側も、似たことを聞いてきています」
「車が動かないときに、連絡先から探すのは困りますから」
ヒトラーは鉛筆で余白へ印を付けた。
「それも1枚にまとめましょう。別冊の最後へ追いやるような形はよろしくない」
ケンプカが出ていくと、博士は扉の方を見た。
「よい運転手ですな」
「次の勤め先を探しています」
「そうなのですか」
「私が運転免許を取るまでの臨時です、いつまでも運んでもらっているわけにはいきません」
博士はヒトラーを見た。
「所長が運転免許を取られるのですか」
「所員に会合への送迎を任せすぎた結果、こういう話になっています」
月末に近づくと、カサブランカで開かれた会談の内容が新聞とラジオで伝えられた。
アメリカ、イギリス、フランスを中心とする首脳と軍の代表者たちは、対日戦の進め方を協議していた。
インド洋と太平洋へ送る船舶、航空機、陸上部隊。それぞれの作戦へ何を振り向けるか。中国への支援をどう続けるか。
日本に無条件降伏を求める方針も報じられた。
セイロンにいるジロー将軍からは、フランス極東派遣軍の配置と準備状況が報告されていた。
一方、ド・ゴールは本国で発言を続けていた。
極東での軍事行動には、外交と産業を含めた一貫した方針が必要である。政府は目先の調整だけでなく、戦後のフランスの立場を定める責任を負うべきだという。
ヒトラーは、新聞を持ってきたユンゲへ言った。
「この将軍は、もう軍隊のことだけを話していないな」
「新聞も、軍事欄だけでは扱わなくなってきています」
「本人も、そのつもりで話しているように見える」
ユンゲは頷いた。
「聞かせたい相手が増えたのでしょう」
ヒトラーは新聞を脇へ置いた。
その週の講習で、教官は初めて試験の予定について具体的に話した。
「残りの課程がこの調子で進めば、2月中の受験を考えてよいでしょう」
ヒトラーは眼鏡を外しかけた手を止めた。
「2月中か」
「はい。必要な確認を終えてから、日程を詰めます」
「では、目途は立ったということだな」
「受験の目途です」
教官は念を押した。
ヒトラーは眼鏡をケースへ収めた。
「そこまで説明しなくても分かる」
「分かっていていただければ結構です」
帰りの車で、ヒトラーはその話をケンプカへ伝えた。
ケンプカは鏡越しに頷いた。
「私の方も、返事をしようと思っています」
「機械の会社か」
「はい。運転と整備の両方を任せてもらえます。勤務時間と手当も、書面で確認できました」
「役員運転手の方は」
「次の段階へ進んでほしいと言われましたが、お断りします」
ヒトラーは少し黙った。
ケンプカは前を見たまま続けた。
「立派な車でした。ただ、私には、走らせて、戻して、調子を確かめるところまでできる方が合っていると思います」
「そうか」
ヒトラーは手帳を開いた。
「向こうは、いつから来いと言っている」
「3月1日からであれば、と」
紙をめくる音がした。
「では、こちらは2月末で終える。引継ぎは、その前に済ませる」
「よろしいのですか」
「今、その話をしている」
「試験の日程が、まだ決まっていませんので」
ヒトラーは手帳から顔を上げた。
「私の試験を、向こうの会社の予定表にまで書かせるわけにはいかん」
ケンプカは短く返事をした。
車が信号で止まった。
ヒトラーは、もう一度手帳を見た。
「万一、間に合わなければ、私が別の手段を考える」
「承知しました」
「ただし、まだ1か月ある。明日から来なくてよいという意味ではないぞ」
「分かっています」
翌日、エルゼとユンゲを交え、ケンプカの勤務を終える日が確認された。
2月末日で契約を満了する。
給与と必要な書類はエルゼが整理する。車の点検記録、修理工場の連絡先、予備の鍵の所在は、ケンプカが揃える。
ユンゲは予定表へ、引継ぎに使う日を書き込んだ。
「連絡先は、車の書類にも1部入れておきましょうか」
「そうしてくれ」
ヒトラーが言った。
「事務所へ戻らなければ分からんのでは困る」
ケンプカは、すでに書き始めていた小さな帳面を出した。
車ごとに、点検した日と交換した部品が記されていた。冬の間に気をつける箇所には、短い補足も付いている。
ヒトラーは数ページめくった。
「これを、もっと早く見せればよかった」
「必要なときには、私がおりましたので」
ヒトラーは顔を上げた。
ケンプカは、ごく普通にそう言っていた。
ヒトラーは再び帳面へ目を落とした。
「字は読める。連絡先の欄だけ、もう少し広く取れ」
「書き直しておきます」
月の終わりには、ケンプカが新しい勤務先へ承諾の返事を出した。
それまで会社名がいくつも並んでいた紙は、1社分の条件を書いたものに替わった。
迎えの車は、いつもの時刻に事務所の前へ来た。
ヒトラーが乗り込むと、ケンプカは扉を閉め、運転席へ戻った。
「返事は届いたか」
「はい。3月1日の朝に来てほしいと」
「初日から運転するのか」
「まず車と道順の確認だそうです。それから、工場の人に挨拶を」
ヒトラーは頷いた。
しばらく走ったところで、右の道から自転車が近づいてきた。
「右から来るぞ」
「見えています」
ケンプカはすでに速度を落としていた。
ヒトラーは口を閉じた。
自転車が通り過ぎ、車は静かに交差点へ入った。
1月31日の日曜日、ヒトラーは自宅で新聞を広げた。
軍の人事欄には、フリードリヒ・パウルス少将が2月1日付で第6軍管区の参謀長に就くとあった。勤務地はミュンスター。短い経歴と、新しい任務について数行が添えられていた。
ヒトラーはその欄を読み終え、紙面をめくった。
太平洋では、まだ戦闘が続いていた。
ブロンディが椅子のそばへ来て、鼻先をヒトラーの手へ押しつけた。
「散歩は、茶を飲んでからだ」
ブロンディは座った。
ヒトラーは新聞を畳み、手帳を開いた。
2月の欄には、講習の予定が並んでいた。その先には、まだ鉛筆で書かれた受験予定がある。
月末には、ケンプカの契約満了。
次のページの3月1日には、小さく新しい会社の名が記されていた。
ヒトラーはその文字を見てから、自分の講習予定へ目を戻した。
机の端にあった交通規則の本を引き寄せ、栞を挟んだページを開いた。
足元で、ブロンディが小さく鼻を鳴らした。
「1ページだけ読むだけだ」
ヒトラーは眼鏡をかけた。
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