第五十四話 2つの奇跡
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
大聖堂「始祖の謁見の間」は、息を呑むほどの冷徹な静寂に支配されていた。
数百メートルの高さを誇るゴシック様式の天蓋。そびえ立つ白大理石の円柱が、青と紫の光を放つステンドグラスの影を、濃紺の絨毯の上に長く落としている。魔術学院の敷地中央にそびえ立つ、学院の象徴的巨塔(複合聖域)である。
立ち会うのは、国家の中枢を担う重鎮たち。
金糸の式典服を着た国王代理の大臣、冷ややかに居並ぶ大貴族院の議長たち、校長セドリック。そして、白銀の甲冑に身を包み、彫像のように祭壇の周囲を固める聖賢騎士団長ギデオン・フォン・ラドクリフ。
その厳粛な回廊の中央に、仕立て直された濃紺の式典ローブを纏った六人が並んでいた。
テラの手首には、職人街の革手甲。エヴァンの腰には直剣。ルナは背筋を凍るほど真っ直ぐに伸ばし、エリクスとクロエが静かに控える。
ゴウン、と青銅の重々しい鐘が打たれた。
「――メルキオーレ魔術学院憲章、第三章第十四条に基づき」
国王代理の大臣が、真鍮の壇上から重々しく宣言を響かせた。
「年次合同選抜最優秀小隊に与えられし最高特権――『一度限りの超法規的嘆願権』を執行する。……小隊長リゼット・フィオル・メルキオーレ、前へ」
リゼットが進み出た。
白大理石の机の上に置かれた、紫の豪奢な封蝋が施された羊皮紙を、両手で厳粛に受領する。
だが、リゼットは前を向いたままではいなかった。
クルリと踵を返し、後ろに控えるルナとテラの前へと歩み寄った。
「……リゼット様?」ルナが息を呑む。
リゼットは不敵に、けれどどこまでも誇らしげに微笑み、二人の手へと羊皮紙を無造作に押しつけた。
「小隊長命令よ」
低く、通る声。
「あんたたちの手で、あんたたちの未来を刻みなさい」
ルナの青い双眸が震えた。テラは手甲を嵌めた手で、その羊皮紙の端をしっかりと支えた。
ルナが羽ペンを執り、二人が並び立つ。
大聖堂の天蓋へ向けて、ルナの凛とした声音と、テラの真っ直ぐな声が、寸分の狂いもなく重なり合って響き渡った。
「――リゼット小隊の名において、国家に対し、以下の条文の即時法制化を要求いたします」
息を呑む大聖堂。
『辺境自治領ベルジェ村および周辺未開地域を、ランザード家の新たな直轄領として編入し、国によるインフラ整備と十万ヘクタールの開拓特区――免税、および定期配給の国家保証に指定する』
ざわり、と大貴族院の議長たちの間で動揺が走った。
四十年前の没落以来、這い上がることすら許されず、老貴族の愛妾として買い叩かれる寸前だったランザード家。
その家名が、国家公認の広大な直轄特区を手に入れ、莫大な開拓予算と法的主権を握る大領主として、一夜にして蘇ったのだ。
借財を盾にした老貴族の婚姻契約など、この国家法の一筆によって、塵芥のように粉々に破綻・無効化された。
そして、テラ。
村は、もう二度と飢えない。次の冬を越すための麦は、気まぐれな施しではなく、国家が永久に保証する権利となったのだ。
「……異議なし」
国王代理が重々しく頷き、真鍮の巨大な国家印章を振り下ろした。
ドンッ!!
朱色の封蝋が捺された瞬間、ルナの瞳から、一筋の熱い涙が頬を伝い落ちた。テラは奥歯を噛み締め、仲間たちと視線を交わした。
自分たちの血肉を削り、泥水を啜って勝ち取った、正真正銘の未来だった。
儀式は滞りなく終了し、参列した貴族や騎士団の列は、潮が引くように退席していった。
ステンドグラスの光が落ち、夕闇が沈み始めた大聖堂の長い回廊。
石畳を歩く六人の足音には、重荷を下ろした安堵の響きがあった。
「成し遂げたな」
エヴァンが直剣の鞘を鳴らし、静かに口元を緩めた。
「ああ! これでランザードの領地もベルジェ村も万々歳だぜ!」エリクスが伸びをし、クロエが「極めて合理的な権利の行使でした」と小さく頷く。
だが。
最後尾を歩いていたリゼットの足が、ふと、止まった。
――冷たい。
初冬の冷気とは違う。
大理石の床から、血管の中の血液そのものを凍りつかせるような、刺すような魔力の冷気が這い上がってきていた。
大理石の巨大な円柱の影。
そこから、足音もなく滑り出してきた漆黒の影が、気づいた時には、リゼットのすぐ背後へと忍び寄っていた。
「……相変わらずね、リゼット」
ヒヤリと、耳元を冷たい吐息が撫でた。
剃刀のように鋭く、氷のように感情の死んだ、澄んだ少女の声。
リゼットの全身の毛穴が逆立ち、息が止まった。
機械のように強張った首を、ゆっくりと後ろへ巡らせる。
そこに立っていたのは――。
仕立ての豪奢な、漆黒の喪服のようなドレスを纏った少女だった。
リゼットと酷似した、けれど光を吸い込むような冷たい金髪。
そして、深く窪んだ瞳の奥で、世界そのものを呪い殺さんとするほどの憎悪を湛えてギラつく、黄金色の双眸。
古の賢者の直系――メルキオーレ公爵家令嬢、ラティナ。
「血が薄いから、何も知らずに……」
ラティナの唇が、冷酷な嘲弄に歪んだ。
「これからも気楽に、綺麗な魔術ごっこをしていられるのね。……本当に、虫酸が走るわ」
三年前、忽然と公爵邸から姿を消した従妹の冷たい眼差しが、リゼットの喉笛を凍結させていた。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。