第五十五話 本家
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あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
大理石の冷気が、リゼットの足元から心臓へと駆け上がっていた。
黒衣を纏い、黄金の瞳で自分を見下ろす二十二歳の女性――ラティナ。
その冷酷に研ぎ澄まされた顔立ちを目にした瞬間、リゼットの視界は、過去の二つの記憶へと急速に引き戻されていた。
――四年前。
リゼットが十三歳だった頃。
本家であるメルキオーレ公爵邸の庭園は、陽光がきらめき、白薔薇が甘い香りを漂わせていた。
血が薄い分家の娘として親族から冷遇され、居場所のなさに俯いていたリゼットの頭を、優しく撫でてくれたのは従姉のセレナだった。
『リゼット、あなたはそのままでいいのよ。……自由に、自分の好きな風を吹き抜かせなさい』
公爵家の直系でありながら、血統術式を持たず、誰よりも物静かで争いを嫌っていたセレナ。
そして、そのセレナの隣にはいつも、一歳年下の妹――当時十八歳だったラティナが静かに寄り添っていた。生まれながらに大気の魔力を直接変換する天賦『無限魔術』を宿し、公爵家の期待を一身に背負いながらも、姉の前でだけは、柔らかく穏やかな笑顔を見せていた在りし日のラティナ。
『ラティナも、リゼットも。……二人とも、私の大切な光なんだから』
セレナの慈愛に満ちた腕の中で、三人は肩を寄せ合っていた。あの庭園の光は、分家のリゼットにとっても、重圧に晒されていたラティナにとっても、唯一の安らぎだったのだ。
だが――その光は、無残に引き裂かれた。
リゼットが十四歳を迎えた、ある日。
前触れもなく、セレナは忽然と公爵邸から姿を消した。
公爵家と国家が下した公式発表は、あまりにも冷淡だった。
『不治の重病にかかり、極秘裏に人里離れた離宮へ療養に移された』。
分家であるリゼットには療養先の場所すら明かされず、面会の一切が禁じられた。
そして、その日を境に。
敬愛する姉を奪われたラティナは、感情を完全に凍りつかせ、別人のように冷酷に変貌した。
公爵邸の薄暗い回廊。出奔の荷物を背負ったラティナが、泣きじゃくるリゼットを見下ろし、剃刀のように冷たい声を投げつけてきたのだ。
『……貴女はいいわね、リゼット。血が薄いから、何も知らずに、これからも気楽に魔術を嫌っていられるんだもの』
その呪いのような言葉を残し、ラティナは忽然と公爵家から出奔した。
――ハッと息を呑み、リゼットの意識が現在の大聖堂へと引き戻された。
目の前に立つのは、あれから三年が経ち、二十二歳となった黒衣のラティナ。
「ラティナ……貴女、今までどこで……」
リゼットが声を絞り出した、そのコンマ一秒の刹那。
ジャキッ!!
鋭い抜剣の音が、静まり返った回廊に響き渡った。
エヴァンだった。
一切の迷いなく直剣を抜き放ち、リゼットの斜め前へと踏み込み、その切先をラティナの喉元へとピタリと突きつけていた。
「……何者だ。小隊長(リゼット)に、それ以上近づくな」
間髪入れず、テラが手甲を軋ませてエヴァンの横へと並び立った。
「リゼットには、指一本触れさせない」
ルナが『ペルフェクシオン』の力場を身に纏い、エリクスが懐の信管カードに指を添え、クロエが音もなく鋭利な氷槍を構える。
かつてのように、親族の冷遇に一人で震えていた分家の少女ではない。
リゼットの背後には、数々の死線を共に潜り抜け、完全優勝を掴み取ってきた五人の仲間が、鉄壁の防壁となって立ち塞がっていた。
ラティナの黄金の双眸が、エヴァンの白刃と、テラたちの構えを一瞥した。
だが、その冷徹な顔筋は、眉一つ動かなかった。
警戒すらしていない。ただ、何も知らないリゼットが、仲間と肩を並べて光の中にいることへの、深い侮蔑と苛立ちだけがその瞳に揺らめいている。
「……相変わらず、何も知らないのね、リゼット」
ラティナはエヴァンの切先を無視し、冷え切った声音を落とした。
黒い手袋の指先が、大聖堂の地下深くへと、ゆっくりと向けられる。
「……セレナ姉様が、現在(いま)どこで、どんな姿になって生きているのか。その空っぽな頭で、一度でも考えたことがあるのかしら?」
大理石の回廊に、凍てつくような不吉な沈黙が落ちた。
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