第五十六話 生贄
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あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
「……離宮よ」
静まり返った回廊に、リゼットの震える声が落ちた。
琥珀色の瞳を揺らしながら、目の前に立つ黒衣の従妹を見据え返す。
「人里離れた離宮で、重病の療養をしているはずよ。……公爵家も、国も、そう発表したわ。セレナ姉様は、そこで静かに身体を休めているはずよ……!」
「……三年前の、あの『聖女祈念式典』のことか」
エヴァンが直剣の切先を向けたまま、険しい顔で記憶の糸を手繰り寄せた。
「当時まだ十三、四だった俺たちには詳細が伏せられ、ただ病身のセレナ様が国家安寧のために深層離宮へ入られ、祈りを捧げられるとだけ教えられていた」
「ええ……王都中が黒衣の群衆で埋め尽くされ、涙を流して見送っていた光景は覚えていますわ」ルナも眉根を寄せる。「……ですが、なぜ今その式典の話が出ますの?」
「ふふ……あははははッ!」
ラティナの喉から、狂気的な哄笑が吹き出した。
黄金色の双眸を歪め、冷酷な嘲笑を六人へと浴びせかける。
「三十年に一度。……一世代が完全に入れ替わる絶妙な時間ね。だからこそ風化させやすく、国や貴族は貴方たち子ども世代から生贄の話題を遠ざけ、『美しい聖女の美談』として言葉を去勢したのよ」
ラティナの声が、剃刀のように空気を引き裂いた。
「でも、あの黒い服を着て涙を流していた大人たちは……大衆は、全員が知っていたわ。『二度と現世へは戻らない人柱』であることを理解しながら、それを『尊い自己犠牲』という綺麗な物語にパッケージ化して、罪悪感を消して娯楽にしていただけよ!」
「生贄……人柱だと……!?」
テラが息を呑んだ。
「そうよ。この国の魔導インフラを維持する基幹装置『賢者の揺り籠』はね、三十年に一度、古の賢者の直系の血を引く者を【生贄(核)】として組み込む必要があるの」
ラティナの冷たい指先が、大聖堂の地下へと向けられる。
「三年前、その周期が巡ってきた時……直系に生まれた姉妹のうち、私は天賦の才『無限魔術』を持って生まれた。でも、セレナ姉様は……直系の血を引きながら、たまたま血統術式を持たずに生まれていたわ」
ラティナの唇が、憎悪に激しく震えた。
「公爵家と国家はね、至高の才能を持つ私を手元に残すため……直系の血を引きながら術式を持たなかった、誰よりも心優しかったセレナ姉様を……都合のいい生贄として差し出したのよ!」
エヴァンの息が止まり、ルナの顔から血の気が引いた。
離宮など、最初から存在しなかったのだ。
国のインフラ――都市を覆う魔浄結界、夜を照らす街灯、快適な魔術社会のすべては、地下深くの機械の中で、生きたまま魂と魔力を吸い尽くされている一人の少女の地獄の上に成り立っていた。
「三年前の儀式の夜……大聖堂を取り囲んだ大衆の瞳の奥にあったのは、自分たちより高貴な存在が、自分たちのために無惨に壊されていくことへの、隠しきれない優越感と好奇よ」
ラティナが、大聖堂の高窓の外――王都の夜を青白く照らし出す無数の街灯を指差した。
「儀式が終わった数時間後、さっきまで泣いていた連中が、あの灯りの下で晴れやかな顔で笑い合っていたわ。……魔術文明とはね、誰かの理不尽な不幸を、全員で『美しいもの』として啜り合う精神的寄生虫の集団なのよ!」
そして、ラティナの黄金の瞳が、リゼットの胸元を冷酷に射抜いた。
「血が薄いから生贄の候補から外れ、姉様の血で灯った光の下で『魔術なんて嫌い』と気楽に嘯いていた貴女が……一番無自覚で、傲慢な身内よ」
「……っ!」
リゼットの足が、崩れ落ちるように一歩後退しかけた。
呼吸が詰まり、視界が真っ白に明滅する。自分が信じていた世界、誇り、そして大嫌いだったはずの魔術のすべてが、大好きな従姉の生血の上に咲いた毒花だったという残酷な真実。
だが。
その体が崩れ落ちる寸前――。
グッと、リゼットの背中に温かい手が当てられた。
テラだった。
漆黒の手甲を嵌めた手で、リゼットの華奢な背中をしっかりと押し留めていた。
エヴァンが直剣を一歩踏み出してラティナの視線を遮り、ルナが隣に並び立ち、エリクスが静かに構え、クロエが無機質に立つ。
仲間たちの体温が、リゼットの凍りつきかけた心臓を、現実に繋ぎ止めていた。
リゼットは唇を強く噛み締めた。
涙をぐっと呑み込み、顔を上げて、ラティナを真正面から見据え返した。
「……セレナ姉様は、いま……どこにいるの」
ラティナが答えようと口を開きかけた――その瞬間。
ドォォォォォォォォンッ……!!
大聖堂の地下深層から、大地を真っ二つに引き裂くような重鈍な爆砕音が轟いた。
床の大理石が激しく波打ち、ステンドグラスが悲鳴を上げて軋む。
カンカンカンカンッ!!
王都全域に、空襲を告げる警報の魔導鐘が、けたたましく乱打され始めた。
ラティナの唇が、冷酷な笑みを浮かべた。
「……始まったわ。この腐った文明を焼き尽くす、復讐の火がね」
回廊の暗がりの中。
小隊の背後に控えていたクロエの黒い瞳が、誰にも気づかれぬまま、静かに、完全に光を失っていた。
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