第六十話 分かれ道
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
パチ、パチ、と天井まで届く書架が焼け落ちる火の粉が、黒い雪のように舞い散っていた。
石造りの禁書隔離書庫を満たしているのは、焼かれた羊皮紙の生臭い煤煙と、呼吸すら拒絶するほどの冷酷な静寂だった。
倒れたレオンを組み伏せたまま、テラは手甲を嵌めた拳を固く握りしめ、顔を上げることができずにいた。
エヴァンの直剣が、導魔油の青白い雷光を帯びたまま、前方へ向けてピタリと固定されている。ルナは息を呑んで唇を噛み締め、エリクスは信管カードを持った指先を震わせた。
「……クロエ」
リゼットの掠れた声が、静寂を切り裂いた。
琥珀色の瞳が激しく揺れ、燃え盛る炎を背にして立つ黒髪の少女を、射抜くように見つめている。
「嘘でしょ……? あんた、最初から……私たちを騙していたわけ……!?」
だが、クロエは何も答えなかった。
乱れ一つない制服の襟元。指先に触れるだけで、煤と灰の汚れを固有術式『清掃』で淡々と消滅させ、両手を前で揃える。
その黒い瞳には、言い訳も、嘲笑も、裏切りに対する後ろめたさすら浮かんでいなかった。ただの冷徹な事実として、そこに立っている。
「……刃を収めろ、ミストレインの小僧」
低く、深く響く男の声が、炎の熱風を押し潰すように落ちた。
クロエの背後に立つ、白髪混じりのアッシュグレーの髪の巨漢――ファウスト。
エヴァンの向けた白刃にも、リゼットの殺気にも、男は視線すら合わせない。魔力の光も、術式の気配すら纏っていないにもかかわらず、その立ち姿からは、深海の一点に沈められたような圧倒的な質量圧力が漂っていた。
「お前たち学生の相手をしに来たわけじゃない」
ファウストは感情の削ぎ落とされた無骨な声で言った。
「かつてデスカターベルを焼き払った軍用術式をはじめ、この国が隠蔽してきた醜悪な兵器の原本……そのすべてを灰にした。目的を果たした以上、不必要な破壊も、無駄な殺生も、プロの仕事ではない」
ファウストは無造作に身を屈めると、床に倒れ伏すレオンの襟首を片手で掴み上げた。
百キロ近い青年の巨躯を、まるで藁人形でも持ち上げるかのように軽々と自らの肩へと担ぎ上げる。
そして――隣に立つクロエの肩を、分厚い掌でポンと叩いた。
「クロエ。引き上げるぞ」
ファウストの冷たい眼光が、クロエの制服を、そしてテラたち五人の姿を一瞥した。
「……それとも、その小綺麗な布を纏ったまま、あの欺瞞の豚どもの元へ残るか?」
凍りつくような沈黙が落ちた。
「クロエ……!」
テラの喉から、絞り出すような叫びが漏れた。
手甲の革がきしむ。
裏切られたはずだった。最初から、自分たちを利用するための潜入だったのかもしれない。
けれど――準備室で一緒に机を囲み、夜の雨漏りを共に塞ぎ、あの温かいランプの光の下でパンを分かち合った少女が、目の前で別の世界へと連れ去られようとしている。その現実が、テラの胸の奥を激しく引き裂こうとしていた。
スパイとして、自分を拾い、衝動を与えてくれた『残り火』へ帰るのか。
それとも、欺瞞に満ちた魔術大国の中で、共に泥水を啜り、頂点を勝ち取った「リゼット小隊」へ留まるのか。
燃え盛る禁書庫の炎の照り返しの中。
感情を失った少女の瞳に、二つの世界の選択が、冷徹に突きつけられていた。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。