第六十五話 包囲
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あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
非常階段を駆け上がり、大聖堂の地下換気口を押し破って地上へ這い出た瞬間、冷たい夜風が煙に巻かれた肺腑を激しく叩いた。
境内は、完全なパニックに陥っていた。
カンカンカンカンッ、と頭上で狂ったように鳴り響き続ける空襲警報の魔導鐘。
大聖堂の尖塔の隙間から、黒い煙が夜空へ向けてもうもうと噴き上がり、白銀のマントを翻した聖賢騎士たちの隊列が、怒号とともにキャンパスの各校舎へと散開していく。
「――こっちだ!」
エヴァンが先頭を走り、石造りの回廊の影へと滑り込んだ。
ルナが鋭く周囲を見回し、巡回部隊の死角となる植え込みの裏手を指差す。「右側の庭園を抜けますわ! 街灯の術式線が切断されている区画があります!」
テラは、自分の隣を無言で走るクロエの手首を、手甲を嵌めた手で固く握りしめたまま離さなかった。
ただ、繋いだ手の冷たさだけを頼りに、夜の闇を疾走する。
ツタの這う石壁。
見捨てられた旧校舎の裏階段を駆け上がり、六人は第零術式準備室の扉へと雪崩れ込んだ。
バタンッ!!
テラとエヴァンが背中で扉を力任せに押し締め、分厚い樫の木の閂(かんぬき)をガコンと叩き落とした。
カチャリ、とリゼットが真鍮の鍵を二重に回す。
「は……っ、はあ……っ、はあ……!」
全員が、床や長机にへたり込んだ。
エヴァンが膝に手をついて荒い息を吐き、リゼットは乱れた金髪をかきむしって床に座り込む。ルナが胸元を押さえて呼吸を整え、エリクスが壁に背を預けて苦しげに息を漏らした。
そして――。
その乱れた息遣いの中央で、クロエだけが、呼吸一つ乱すことなく、静かに直立していた。
エヴァンが立ち上がり、補修されたステンドグラスの隙間から、用心深く外の暗闇を覗き込んだ。
「……包囲されたな」
低く、重い声。
旧校舎の周囲、雑木林の木立の合間に、早くも青白い魔導篝火がいくつも焚かれていた。
白銀の甲冑を纏った騎士たちが、一定の間隔を保ちながら、この建物のすべての出入口を遠巻きに封鎖している。
「スレイ先生が、セドリック校長へ根回ししてくださったおかげですわね」
ルナが掠れた声で言った。
「確たる証拠がない以上、学内法に基づき、即座の突入と逮捕は免れました。……ですが、事件の調査が終わるまで、わたくしたちはこの部屋から一歩も外に出ることを許されない」
事実上の、学内軟禁。
大聖堂で勝ち取ったばかりの『超法規的嘆願権』も、テロの嫌疑が完全に晴れるまでは、国家法としての執行が凍結・保留されるという冷酷な足止めだった。
荒い息が、徐々に整っていく。
そして――部屋に、針を落としても聞こえるほどの、重苦しい沈黙が落ちた。
シュッ、と小さな音がして、テラが真鍮ランプに火を灯した。
ガラスの覆いを通して広がったオレンジ色の光が、机の端に立つ、黒髪の少女を静かに照らし出す。
煤一つついていない、仕立て通りの制服。
あの男――ファウストが呼んだ名。
原本を灰にした手際。
自分たちを最初から欺いていたという、揺るぎようのない現実。
エヴァンが、リゼットが、ルナが、エリクスが。
そして、テラが。
誰も武器を向けず、誰も怒声を浴びせることもなく、ただ静かに、その少女を見つめていた。
クロエの感情のない黒い瞳が、五人の視線を、真っ向から受け止めた。
外の風が、旧校舎の壁を冷たく叩いている。
閉ざされた砦の静寂の中で、六人の魂が、真実の淵を前にして立ち尽くしていた。
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