第六十六話 任務
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
チロチロと揺れる真鍮ランプの炎が、閉ざされた第零術式準備室の石壁の上に、長く伸びた影を落としていた。
窓の外――厚いステンドグラスの隙間からは、旧校舎を取り囲む聖賢騎士団の青白い魔導篝火が、冷たい星のように揺らめいている。
長机の周りに座り込み、煤と泥に汚れたまま息を整える五人。
そして――部屋の中央に、呼吸一つ乱さず、乱れた制服の汚れをすべて『清掃』し終えて、人形のように直立しているクロエ。
重苦しい沈黙の中、テラが手甲を嵌めた手を膝の上で握りしめ、何かを言いかけようと唇を開いた。
だが、その声より早く、鈴を転がすような平坦な声が、静寂の空間に落ちた。
「……事実関係を、陳述します」
クロエだった。
抑揚の完全に削ぎ落とされた、感情のない声。
「私は、魔術文明の完全な破壊を目的とする反体制組織『残り火(エマーズ)』に所属する潜入工作員です。国の特例奨学生制度の枠を利用し、スパイとしてメルキオーレ魔術学院へ同期生として潜入しました」
ルナが息を呑み、エヴァンが直剣の切先を床石へと向けたまま、紺色の瞳を細めた。
クロエは淡々と、まるで他人の報告書を読み上げるように続ける。
「受領していた任務は、二つ。……一つは、大聖堂の地下深層にある禁書隔離書庫に保管されていた、国家が隠蔽した軍用術式原本の完全焼却。これは先ほど、ファウストさんの手によって完了しました」
そして、クロエは感情のない黒い瞳を、リゼットへと向けた。
「もう一つは、この国の魔導インフラを維持する基幹装置――『賢者の揺り籠』への侵入ルートの確保です」
リゼットの琥珀色の瞳が、微かに揺れた。
大聖堂の回廊で、従妹のラティナが言い放った言葉――従姉セレナが生贄として組み込まれているという、地獄の装置の名。
すべての事実を陳述し終えたクロエは、小さく、小首を傾げた。
その表情には、仲間を欺いていたことに対する後ろめたさも、裏切りが露見したことへの怯えすらもなかった。
ただ、自らの頭脳の中にある完璧な計算機が、どうしても解けない数式に直面したかのような、純粋で、冷え切った「論理的困惑」だけが宿っていた。
「……質問があります」
クロエの視線が、テラ、エヴァン、リゼット、ルナ、エリクスを順番に捉えた。
「大聖堂の地下で聖賢騎士団に包囲された際、私をクラウディア副団長へ引き渡し、『この特例生に騙されていた』と告発することが、小隊の生存確率を最大化する唯一の選択肢でした」
少女の声に、わずかな波が立つ。
自分でも説明のつかない、エラーのような疑問。
「貴方たちが私を庇い、連れて逃げる理由は、損得勘定のどこにも存在しません。……なぜ、私を差し出さなかったのですか? なぜ、自分たちの命と、先ほど勝ち取ったばかりの『超法規的嘆願権』を危機に晒してまで、私を連れて逃げたのですか?」
クロエは両手を前で揃え、感情の消えた瞳で、五人を見つめた。
「……極めて、非合理的です」
冷たい風が、閉ざされた準備室の窓を揺らした。
計算でしか世界を測ることができず、損得の天秤でしか自分の存在理由を見出せない、哀しい少女の問いかけ。
だが、その問いを聞いた五人の顔に、怒りも、裏切られた絶望の色も浮かんでいなかった。
エヴァンが直剣を静かに鞘へと納め、リゼットが呆れたように大きなため息をつき、ルナが手帳を胸元へ抱き、エリクスが苦笑交じりに後頭部を掻いた。
そして――テラが、泥のついた靴で、一歩前へと踏み出した。
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