第六十七話 隠蔽
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
テラは、泥のついた靴を半歩前へ進めた。
問い詰めるためでも、非難するためでもない。ただ、真鍮ランプの火を背にして立つクロエの、冷え切った黒い瞳を真っ直ぐに見据える。
「……クロエ」
テラの声は、静かに、けれど深く準備室の空気を震わせた。
「君が命を懸けて燃やしたあの原本は……一体、何だったの? 君はどうして、『残り火』にいるんだ?」
クロエは視線をわずかに下げ、自らの小さな掌を見つめた。
そして――他人の調書を淡々と読み上げるような、抑揚の完全に欠落した声で、唇を開いた。
「……私の出身地は、国が急造した産業都市、デスカターベルです」
ルナが息を呑み、エヴァンの眉根が険しく寄る。
三年前、国中の新聞や瓦版を騒がせた、悪夢の都市の名。
「私は、どこにでもいる平民の子供でした。鍛冶職人の父と、仕立屋の母と、幼馴染たちと……ごく普通に暮らしていました。……ですが、ある日、都市の区画一帯で大規模な魔力汚染(アウトブレイク)が発生しました」
クロエの声音は、一ミリの揺らぎも見せなかった。
「原因は、国が極秘裏に都市の軍需工場へ命じ、開発を進めていた新型軍用術式の暴走事故でした」
エヴァンの直剣を握る手が、ギチリと革を軋ませた。
「国家は、その不祥事を隠蔽しました」
クロエは平然と続けた。
「『産業都市デスカターベルにて、固有術式テロによる致死性の高い奇病が発生。感染力が高く、治療法も確立されていないため、都市を隔離・焼却処分することを決定する』……と」
大々的な虚偽報道。
都市全体が巨大な結界によって封鎖され、外界との連絡はすべて絶たれた。
「そして、送り込まれたのは、医師でも、救援物資でもなく、軍と、正規の魔術師たちでした」
クロエの黒い瞳が、虚空を捉えていた。
「彼らが行ったのは、治療ではありません。……事故の真相を知る生き証人を一人残らず消し去るための、住民の無差別虐殺でした」
目の前で、父が、母が、幼馴染たちが、国の放った炎の魔術によって焼き尽くされていく光景。
逃げ惑う市民の叫び、溶け崩れる家々、充満する肉の焦げる臭気。
その極限の精神的破壊の果てに――クロエの心から、恐怖も、悲しみも、涙の一滴すらも、すべての「感情」が完全に抜け落ちた。
「……私は感情を失いましたが、感情を失ったことで、パニックを起こさずに済みました」
少女は事実の記録を淡々と読み上げる。
「死体の山の中に身を潜め、軍の巡回ルートの隙を計算し、封鎖線の外へと脱出しました」
――都市封鎖の境界線、犠牲者が「汚染廃棄物」としてまとめて運ばれた、山あいの処分場。
黒いビニールで作られた巨大な死体袋のジッパーを、内側から小さな手で引き裂き、這い出てきた一人の少女。
泥と生血で汚れた衣服を、その場で魂の歪みから発現した固有術式『清掃』によって無言で綺麗に整え、少女は何もない虚空を見つめて歩き出そうとした。
そして、その場にいた男――ファウストが、声をかけたのだ。
『お前、家族はどうした』
少女は振り返り、涙の一片すら浮かんでいない冷え切った声で、山積みにされた死体袋を指差した。
『あの中に、あります』
地獄の淵を生き延びながら、泣き叫ぶことすら忘れたその姿に、ファウストは『なら、次は奴らの番だ』と、血塗れの大きな手を差し伸べたのだ。
「……以上が、私の過去の記録です」
クロエは両手を前で揃え、静かに顔を上げた。
「大聖堂の地下に保管されていた原本は、デスカターベルの住民を焼き尽くす決定を下した、あの軍用術式の設計図そのものでした。……それを灰にして消し去ることが、ファウストさんから私に与えられた、唯一の存在理由でした」
準備室に、重苦しい戦慄が落ちた。
窓の外から差し込む騎士団の篝火の光が、石壁を青白く照らしている。
魔術文明という美しい看板の裏側で、国家がどれほど冷酷に民を焼き、一人の少女の心を完全に殺したのか。
その底知れない闇の深さに、誰もが言葉を失っていた。
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