第六十八話 不合理
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あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
語り終えたクロエは、乱れのない制服の裾を正し、静かに顔を上げた。
その黒い瞳には、同情を乞う色も、身の上を憐れんでもらおうとする甘えすらも存在しない。ただ、冷え切った事実を読み終えた事務員のように、再びあの問いを繰り返した。
「……以上が、私の全貌です。ゆえに、私を聖賢騎士団へ引き渡し、スパイの単独犯行であると告発することが、貴方たちが生き残るための唯一の合理的な選択肢でした。……なぜ、そうしなかったのですか」
バシンッ!!
乾いた鋭い破裂音が、準備室の静寂を吹き飛ばした。
リゼットが、長机を手のひらで力任せに叩いて立ち上がっていた。
琥珀色の瞳を吊り上げ、机に身を乗り出して、クロエの鼻先へ人差し指を突きつける。
「あんたねえ……! さっきから黙って聞いてりゃ、『合理的、合理的』って、頭のネジが百本くらい抜けてんじゃないの!?」
「……ネジの脱落は確認できません。私の思考機能は正常です」
「屁理屈こねんじゃないわよ、バカ!」
リゼットは前髪を乱暴にかきむしり、怒鳴りつけた。だが、その声に滲んでいたのは、裏切りに対する怒りなどでは断じてなかった。
「誰が自分の仲間を売り飛ばして、一人で『私は無実です、関係ありません』なんて尻尾振るわけ!? そんな下劣で無様な真似、このメルキオーレの看板に泥を塗るどころか、人間をやめるようなもんよ! あんたがスパイだろうと、テロリストだろうと知ったこっちゃないわよ。私の小隊の隊員に手を出そうとする奴は、国だろうが騎士団だろうが全員敵よ!」
傲岸不遜で、理不尽極まりない、けれど誰よりも気高い隊長の怒り。
クロエが、微かに瞬きをした。
「騙されていたなど、わたくしたちは一度も思っていませんわ、クロエ」
ルナが手帳を胸元に抱き、静かに、優雅に微笑んだ。
「貴女が戦場でわたくしたちにくれた支援……あのミリ単位で敵の足を止めた氷槍、死角を切り拓いてくれた清掃。あれは、命を預け合う仲間でなければ決して為し得ないものでした。……貴女の過去に何があろうと、貴女がわたくしたちと共に選抜を勝ち抜いてくださった事実に、一分の偽りもありませんわ」
「だな」
エリクスが後頭部を掻きながら、ケラケラと笑った。
「だいたいさ、名門だらけの小隊にスパイの一人や二人混ざってた方が、世間への悪戯としても最高じゃねえか。お前が抜けた穴を埋められる奴なんて、この学院のどこ探したっていねえよ」
クロエの唇が、わずかに開いた。
理解できない。
国家の法に背き、反逆罪に問われ、積み上げてきた栄光も嘆願権もすべて水泡に帰すかもしれない極限状況。
それなのに、なぜこの者たちは笑っているのか。
「クロエ」
穏やかな声とともに、テラが進み出てきた。
テラは、右手首に巻かれていた漆黒のリストガードのベルトを、ゆっくりと外した。
手甲を長机の上に置き、露わになった自らの素手――農作業のタコが残り、かつて煤と血にまみれていた右手を、クロエの前へと真っ直ぐに差し出す。
「入学式の夜……ボロボロで、絶望して、部屋で一人震えていた僕のところに来て、手についた血や汚れを綺麗にしてくれたよね」
テラの茶色の瞳には、一片の曇りもなかった。
「あの時、君は『非合理的だから』って言ってた。……でもね、僕はあの時、この冷たい学院の中で、初めて『一人じゃない』って思えたんだ」
テラは首を横に振った。
「君の動機がスパイの偽装だったとしても、あの時君がくれた手の温もりは、僕にとっては本物だった。僕を救ってくれたんだ。……仲間なんだから、助け合うのは当たり前だよ。僕たちは、君を売ったりなんか絶対にしない」
「……っ」
差し出されたテラの温かい掌。
仲間たちの、迷いのない眼差し。
損得の天秤にも、生存確率の計算式にも載らない、圧倒的な「不合理」。
クロエの黒い瞳の奥で、カチリと、何かが壊れるような微小な軋みが生じた。
感情を失ったはずの胸の奥が、氷の割れ目から染み出す熱のように、チリチリと痛む。
計算機のような彼女の頭脳が、生まれて初めて、完全に沈黙していた。
その時。
カチャリ、と金具を鳴らし、直剣を佩いた長身の影が、重い靴音を響かせて前に進み出てきた。
エヴァンだった。
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