第六十九話 剣
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あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
カチャリ、と金具の擦れ合う乾いた音が、静まり返った部屋に落ちた。
エヴァンは長身を前に進め、クロエの前で立ち止まると、腰の直剣を静かに抜き放った。
青白い雷光を帯びていない、冷え切った鋼の刃。
エヴァンはその切先を、床石の継ぎ目へと、深く突き立てた。
柄頭(つかがしら)に白手袋の両手を重ね、エヴァンは低く、重い声で唇を開いた。
「……クロエ。我がミストレイン侯爵家の相承術式『エンハンス』……その真の用途を、お前は知っているか」
クロエは返答せず、ただその青い切先を見つめた。
テラが息を呑み、ルナが息を詰める。
「物に魔術を帯びさせる力。……一族の連中は、これを剣に纏わせるためではなく、密室で都合の悪い人間を締め上げる『拷問の道具』として代々使い続けてきた」
エヴァンの紺色の瞳に、激しい嫌悪と自嘲が沈んでいた。
「触れた相手の衣服に、直接、持続する高圧の雷や熱線を定着させる。……相手は服を脱ぐこともできず、身に纏っている布そのものが、自らの皮膚を焼き、肉を焦がし続ける永続の檻となる。外傷の痕跡を術式として残さず、自白を強要し、反逆者を闇に葬るための……吐き気を催すような汚らわしい手口だ」
直剣の柄を握るエヴァンの指先に、ギリギリと骨がきしむほどの力が込められる。
「デスカターベルの事件の際にも……真相を暴こうとした労働者や市民の口を封じるため、我が一族の執行部隊が、その手口で生き証人たちを処刑していた侯爵家の裏記録がある。……俺の家はな、国家の暗部で民を焼き殺し、その血肉の上に特権の椅子を築いてきただけの虐殺者だ」
部屋に、凍てつくような戦慄が満ちた。
武の頂点、戦乱の英雄。そんな美名で飾られたミストレインの歴史の裏側に張り付いていた、ドロドロとした血の業。
「俺は、あの一族の手口に反吐が出た」
エヴァンは顔を上げ、クロエを真っ直ぐに見据えた。
「だから俺は、他人の服を焼くためではなく、己の直剣の刃にのみ魔術を纏わせ、正面から敵と切り結ぶ道を選んだ。この剣は……俺の血統に対する、反逆の証だ」
エヴァンの声には、一片の迷いもなかった。
「お前の故郷を奪った元凶の中に、俺の先祖の血が含まれていたとしても、俺はお前に許しを乞う気はない。その罪は、俺が一生背負うべき泥だ」
エヴァンは直剣を強く握り直した。
「だが、俺は誓う。ミストレインの家名など、最初から唾棄すべき呪縛だ。俺はあのような腐敗しきった貴族社会の形骸を打ち砕くために、この小隊に身を置いている。……お前が世界に抗うというのなら、俺の剣は、お前の前を切り拓くためにある」
「……っ」
クロエの指先が、微かに震えた。
貴族を憎み、魔術を呪うことでしか心を保てなかった少女。
だが、目の前に立つこの少年は、自らの血統の特権を自ら泥に叩き落とし、その暗部を自らの刃で切り裂くために、クロエの痛みの前に立っていた。
計算では、処理できない。
損得の天秤では、どこにも答えが出ない。
胸の奥で、氷が溶け落ちていくような、説明のつかない熱が広がっていく。
「……理解、不能です」
クロエの平坦な声に、ほんのわずか、温かな揺らぎが混ざった。
「私の計算機は、あなたたちの行動を狂気の非合理と判定しています。……ですが、私の足は、ここから動くことを拒絶しています」
クロエはテラの素手を、エヴァンの刃を、そして仲間たちを順番に見つめ、静かに、深く頭を下げた。
「……私の機能のすべてを、この小隊の作戦遂行のために捧げます」
不純物、落伍者、没落、異端、そしてスパイ。
誰一人として正統な光の下にいられない六人が、偽りなき「真の共犯者」として、いま完全に結ばれた。
その瞬間――。
キィィィィン――!!
窓の外の暗闇から、大気を震わせる魔導拡声器の甲高いハウリング音が響き渡った。
大聖堂の方角から、審問官カイの冷酷な声が、夜の旧校舎の壁を揺さぶるように轟く。
『――旧校舎に潜伏するリゼット小隊に告ぐ。……猶予の時間は終了した』
準備室を取り囲む魔導篝火の光が一斉に強まり、冷たい鉄の包囲網が、いよいよ牙を剥いて狭まり始めていた。
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