第七十一話 処分
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
ドガァァァァァンッ!!
二度目の凄まじい衝撃が、第零術式準備室の分厚い樫の扉をへし折らんばかりに軋ませた。
補修用の角材が悲鳴を上げ、鉄の閂(かんぬき)を留めていたボルトが一本、火花を散らして千切れ飛ぶ。隙間から吹き込む煙と、魔導投光器の暴力的な白い光が、室内のオレンジ色のランプを呑み込むように石壁を焼き尽くしていた。
「構えなさいッ!」
リゼットが叫び、掌の火球を限界まで圧縮する。エヴァンの雷刃が青白い弧を描き、ルナの真空刃が空気を切り裂く。
三度目の破城槌が振り抜かれ、扉が完全に粉砕される――まさに、そのコンマ一秒の刹那だった。
――そこまでだ、カイ審問官。
魔導拡声器のハウリングを突き破り、深く、底知れぬ静けさを湛えたバリトンの声が、旧校舎一帯の大気を揺るがした。
ドォン、と大聖堂の天蓋から降り注ぐような、世界最高峰の魔術師だけが放つ絶対的な圧。
突入しようとしていた騎士たちの動きが、まるで時を止められたかのようにピタリと凍結した。
校長セドリック・アンダンテ・ヴォルシュタイン。
その穏やかで冷厳な宣告が、拡声器を通じて旧校舎を取り囲む全軍へと響き渡る。
『現場の検証を行ったスレイ教授の報告に基づき、生徒たちの直接の破壊工作の痕跡は未確定であると判断する。……学内法第七条に基づき、リゼット小隊に対し、真相解明までの間、第零術式準備室での【無期限の小隊軟禁・謹慎処分】を命じる』
息を呑む気配が、外の暗闇に広がった。
『彼らが勝ち取った「超法規的嘆願権」は、嫌疑が晴れるまでの間、執行を一時凍結・保留とする。……騎士団の即時突入は、学院の自治権に対する明確な侵害だ。武器を収めたまえ』
数秒の、張り詰めた沈黙。
やがて、拡声器の向こうから、審問官カイの冷え切った、苦々しい声が漏れ出した。
『……承知いたしました、セドリック校長。ですが、騎士団の監視哨はこの旧校舎を取り囲み続けます。……一歩でも外へ出れば、その瞬間に反逆者として殺害します』
ジャラリ、と重装甲の足音が後退していく。
投光器の眩い白光が一斉に落とされ、準備室の窓から、再び初冬の冷たい夜の闇が戻ってきた。
ギィ……と軋む音を立てて、エヴァンが扉から背を離した。
直剣を鞘へと滑り込ませ、床石へ膝をついて深く息を吐き出す。
「……助かった、のか」
「生きた心地がしなかったぜ、まったく」
エリクスが壁に頭をもたせかけ、苦笑混じりに息を漏らした。
ルナは胸元を押さえたまま長机の椅子に崩れ落ち、リゼットが火球を消し、悔しそうに唇を噛み締めた。
嘆願権は凍結され、ベルジェ村の特区化もランザード家の再興も、一時保留の暗雲に包まれた。
けれど――全員で、生き残ったのだ。
静寂が、部屋を包み込んでいく。
真鍮ランプの柔らかなオレンジ色の光が、埃の舞う部屋を優しく照らし出していた。
その光の中央で。
クロエだけが、制服の胸元を両手で強く押さえたまま、立ち尽くしていた。
涙は、流れていなかった。
表情も、あの冷徹な人形のような平坦さのままだ。
だが――その華奢な胸が、まるで激しい全力疾走を終えたかのように、小さく、小刻みに上下していた。
「……テラ」
クロエの唇から、かすれた、震えるような声が零れ落ちた。
「胸の奥が……締め付けられるように、痛みます。……心拍数と体温の、異常な上昇。脈拍の乱れ。……これが、何という現象なのか……私には、わかりません」
テラは、長机の上に置いてあった自らの手甲を見つめ、そして、クロエの前へと歩み寄った。
傷だらけの、けれど温かい素手を伸ばす。
テラは、クロエの震える細い肩の上へ、そっと、優しく手を置いた。
「クロエ」
テラは、どこまでも温かく、慈しむように微笑んだ。
「それは、君の心が……生きてる証拠だよ」
クロエの黒い瞳が、微かに潤んだ。
肩に触れる、テラの掌の確かな熱。
三年前、デスカターベルの死体袋の中で冷え切っていたはずの少女の魂の底に、消えることのない小さな火種が、いま、確かに宿っていた。
窓の外には、数十基の青白い魔導篝火。
逃げ場のない、四面楚歌の包囲網。
だが、ランプの火が灯るこの準備室の中には、誰一人として仲間を見捨てない、六人の不屈の絆があった。
「……さあ」
リゼットが顔を上げ、不敵に前髪を払った。
「軟禁されたくらいで、私たちが大人しく布団被って寝てるわけないでしょ。……反撃の準備を始めるわよ!」
偽りの魔術文明を打ち砕くための、六人の本当の戦いが、いま、静かに幕を開けた。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。