第七十三話 三男坊
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あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
ジジッ……ジジジッ。
準備室の奥壁、剥がれかけた黒檀の羽目板の隙間から、かすかな放電音と金属の擦れ合う音が漏れ出ていた。
クロエは、壁の奥から引き出した太い真鍮の霊脈ケーブルに、耳当てのついた旧式の受信端子を繋ぎ合わせていた。
かつてこの部屋が国家の重要実験室として使われていた時代に敷設された、大聖堂中枢と直結する有線の通信幹線。クロエは端子の青サビを固有術式『清掃』で消し去り、スパイとしての細い指先で、騎士団の最新の魔導暗号周波数を直接ジャックしていた。
「……外の通信を傍受しました」
クロエが端子を外し、長机へ戻ってくる。
その平坦な声が、冷たい事実を淡々と読み上げた。
「聖賢騎士団長ギデオンが、大貴族院の議決を無視し、王都全域へ『軍事統制令』を公式に布告しました。現在、大聖堂および全校舎は、完全に騎士団の戒厳下に置かれています」
ルナが息を呑み、エヴァンが眉根を険しく寄せる。
「さらに、審問官カイが、セドリック校長に対し『テロ容疑者であるリゼット小隊の即時引き渡し、および軍法会議による処刑』を強硬に要求しています。……セドリック校長が学内法を盾に突入を阻止していますが、騎士団の強硬派を抑え込める時間は、長くてあと数日です」
嘆願権の執行は、無期限の凍結。
軟禁という名の猶予は、刻一刻と、物理的な死刑台へのカウントダウンへとすり替わっていた。
夜半。
仲間たちが地下へ降りる資材をまとめる中、エリクスは一人、部屋の最も暗い隅――補修された窓枠の影に座り込んでいた。
指先をパチン、パチンと微かに弾く。
相承術式『レゾルテ』。
保存していた微小な振動を指先で殺し、音の出ない小さな火花を散らしている。いつもならヘラヘラと笑っているはずの横顔に、珍しく、苦い影が落ちていた。
「……エリクス」
背後から、衣擦れの音とともにテラが歩み寄ってきた。
手甲を外した右手に、湯気の立つ素焼きのカップを持っている。
「温かいお茶、淹れたよ」
「……おう、ありがとな」
エリクスはカップを受け取ったが、口をつけず、両手で抱え込んだまま視線を落とした。
その横顔には、いつもの気の抜けた道化の笑みはなかった。
「テラ」
低く、どこか自嘲の混ざった声。
「俺さ……この小隊で、ちゃんと役に立ててんのかな」
「え……?」
テラが目を見張った。
「うちの家系はさ、『誇り高きカウンターの家系』なんだ」
エリクスは冷えた石畳を見つめた。
「相承術式『レゾルテ』。……敵のどんな強大な攻撃だろうと、真正面から受け止めて、そのダメージをそのまま相手に跳ね返す。それがアラルガンドの正統であり、名門の誇りだ。兄貴たちは二人とも、その規格外の器量を持って生まれてきたよ」
エリクスの口元が、自虐的に歪む。
「でも、俺は魔力量も普通、制御力も普通。正面から敵の力を受け止めようとしたって、器が小さすぎて自分が砕け散るだけだ。現に……演習林のときだってそうだったろ」
エリクスは自らの胸――かつてフェンリスにへし折られた肋骨のあたりを、痛々しそうに押さえた。
「ルナの前に飛び出したはいいが、受け止めきれずに骨を折られて病院送りだ。正面から敵の一撃を受け止めることすらできねえ……相承術式の使い手として、俺は最初から落第なんだよ」
「そんなこと――」
「選抜だってそうだ」
エリクスの声が、絞り出すように震えた。
「エヴァンは圧倒的な剣技で前を切り拓き、リゼットは凄まじい火力で敵を消し炭にし、ルナは完璧な頭脳と作法で因縁の宿敵を一騎打ちで叩き潰した。お前だって、泥水を啜って魂を進化させて、あの黄金のカードを生み出した」
エリクスは、自らの指先をじっと見つめた。
「それに比べて、俺は何だ? ……石ころを浮かせて地雷にした? 床に振動を仕掛けた? テラが作ったカードを、指パッチンで割った? ……そんなの、ただのおまけじゃねえか。俺自身の力で敵を倒したことなんて、一度もねえんだよ」
道化の仮面を剥ぎ取った少年の瞳に、剥き出しの劣等感と焦燥が滲んでいた。
「俺は……お前らの圧倒的な才能のおこぼれに預かって、爆弾の信管を引く係をやってるだけだ。……相手は聖賢騎士団だぞ? 国家の怪物たちだぞ? こんな姑息な小細工しかできない俺が、このままみんなの隣に立っていていいのか? ……足を引っ張るだけなんじゃないかって、怖くてたまらねえんだよ」
ヘラヘラと笑い、誰よりも気楽そうに見せていた悪童が、胸の奥底でずっと抱え込み続けていた、「貢献できていない」という恐怖。
テラは、静かに夜風を吸い込んだ。
そして――エリクスの隣に腰を下ろし、その横顔を、どこまでも真っ直ぐに見つめ返した。
「おまけなんかじゃないよ、エリクス」
「……」
「僕ね、入学式の選別で君が石柱を壊したとき……誰も思いつかない方法で壁を壊した君を見て、本当にすごいと思ったんだ」
テラの声には、一片の迷いもなかった。
「小隊の試験直前、僕が文字も書けずに絶望していたとき、『犬に投げる骨だ』って目的地を教えてくれたのは誰? 演習林でフェンリスに襲われたとき、自分の骨を折ってまでルナの前に飛び込んでくれたのは誰? ……信管のカードだってそうだよ。どんなに強いカードを作ったって、エリクスが最高のタイミングで割ってくれなきゃ、僕のカードは何の意味も持たないんだ」
テラは、エリクスの肩をそっと、けれど力強く掴んだ。
「真正面から受け止めることだけが、強さじゃないよ。みんなが正面しか見えなくなっているとき、誰も気づかない隙間を見つけて、常識をひっくり返して僕たちの命を繋いでくれたのは……全部、エリクスだよ」
テラは笑った。
「君のその悪知恵がなかったら、僕たちは選抜の舞台にすら上がれずに、とっくに全員死んでた。……エリクスは、僕たち小隊の誰よりも、一番泥臭く戦ってくれてるよ」
エリクスが、息を呑んだ。
名門の基準に縛られ、自分自身ですら「ただの小細工」だと蔑んでいた自らの戦いを、目の前の少年は、かけがえのない命綱として心から必要としてくれていた。
数秒の沈黙の後――。
エリクスの口元から、フッと、いつもの軽やかな息が漏れた。
「……へっ」
エリクスはカップのお茶を一気に煽ると、乱暴に袖で口元を拭った。
その瞳の奥に、研ぎ澄まされた悪童の光が戻っていた。
「テラ、お前……本当に、サラッと恥ずかしいこと言うよな」
エリクスは立ち上がり、指先をパチンと鳴らして不敵に笑った。
「よし、分かった! 真正面の正統派なんざ、兄貴たちにくれてやる! 俺は俺のやり方で……この学院一のトリックスターとして、怪物どもの鼻を明かしてやるぜ!」
「二人とも、話は済んだ?」
背後から、リゼットの不敵な声が飛んできた。
長机の横で、マントを翻して地下への階段を指差している。
「湿っぽい話はおしまいよ! 隔壁の鍵のことは後で考えるとして……まずは、地下水脈へ潜り込むための『穴』を開けるわよ!」
エリクスがテラと視線を交わし、ニヤリと笑って親指を立てた。
迷いを捨てた六人の足音が、地下の第零術式実験場へ向けて、力強く響き渡っていった。
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