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第5話 12個の約束

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/1 📚 シリーズ: 星をつむぐ友禅 📝 2,051文字 ✅ 全年齢

あらすじ

展示会は会場費と当番不足から、規模縮小を迫られる。 月乃(16)は端布で星座柄ポーチを試作し、来場者の入口にしたいと提案する。 「私が全部やります」と言いかけ、無理を強いられた日々がよみがえる。 紗江(28)は原価、縫製、表示の必要を示し、12個だけ作る計画に変える。端布ほど最後に役立つ。

本文

 展示会の案内状が、長机の真ん中に置かれていた。

 月乃は、その横に並ぶ会計帳と出席表を見比べた。いつもより椅子が少ない。窓際の席には誰も座っておらず、夜の冷気だけが薄く残っている。

「会場費が、上がるそうです」

 坂井が、電卓の表示を指で押さえた。

「今までと同じ広さでは難しいわね。当番も、午前と午後を通して立てる人が足りないの」

 紙をめくる音が、やけに大きく聞こえた。

「規模を縮めるしかないでしょうな」

 藤原の声は落ち着いていた。けれど、眼鏡の奥の目は、案内状から離れなかった。

 月乃は膝の上で手を重ねた。展示会の日、壁に掛けられた反物を見上げる人の背中を思い出す。染めの話をする人。図案の前で立ち止まる人。あの場所が少し狭くなることを、ただ仕方ないと思いたくなかった。

 鞄の中で、布がかすかに擦れた。

「……あの」

 声を出すと、皆が月乃を見た。

 月乃は鞄から、小さな布包みを取り出した。端をほどくと、掌ほどのポーチが現れる。深い青の上に、白抜きの星が細く散っていた。縫い目はまだ少し不揃いで、角も硬い。

「端布で、試作しました」

 紗江が身を乗り出す。

「星座柄のポーチ?」

「はい。展示の入口に置けたらって」

 月乃はポーチを両手で持った。布の表面を撫でると、乾いた染めの感触が指先に残る。

「着物や反物を、すぐに買うのは難しい人もいると思うんです。でも、これなら……友禅を知らない人も、手に取ってくれるかもしれないです」

 言いながら、月乃は入口の光景を思い浮かべた。展示を見る前に、小さな星を見つける人。鞄に入れて帰る人。友禅が遠いものではないと、少しだけ思える人。

「来場者の、入口になるかもしれません」

 能勢が、ポーチを静かに見つめた。

「端布を使うのね」

「はい。捨てずに残していた布です」

 月乃はうなずいた。

「私が全部やります。糊置きも、染めも、縫うところも。展示までに間に合わせますから」

 そこまで言って、喉が止まった。

 全部やる。

 その言葉が、急に冷たく胸に落ちた。

 体育館の床。笛の音。痛む足をかばった自分の前で、誰かが腕を組んでいる。

『人数が足りないんだから、やるしかない』

『皆に迷惑をかけるな』

 できると言ったら、やらされる。

 できないと言ったら、責められる。

 月乃の指がポーチの端を強くつまんだ。息を吸ったのに、胸の奥が苦しい。

「……私」

 続きが出ない。

 紗江が、月乃の前にあるポーチへ視線を落とした。

「月乃さん。全部、というのは何個ですか?」

 責める調子ではなかった。

「え……」

「材料費は?。縫製は誰がするの?。値札や素材の表示は?。染めた布を乾かす時間は?。売るなら、袋は必要ですか?」

 ひとつずつ置かれる問いに、月乃は目を瞬いた。

 考えていなかった。

 作ることだけ見ていた。間に合わせることだけ見ていた。

「すみません。そこまで……」

「謝らなくていいです」

 紗江は、月乃の言葉をやわらかく止めた。

「思いつきを形にするなら、形にするための手順を一緒に見ましょう」

 会計帳を閉じていた坂井が、電卓を月乃のほうへ少し寄せた。

「端布なら布代は抑えられる。でも、糸もファスナーも、袋も要るわね」

 能勢がポーチの縫い目をそっと指先でなぞった。

「縫製は、友禅とは別の手仕事です。急げば、布を傷めます」

 月乃は小さくうなずいた。耳の奥ではまだ、早くやれという声が残っている。それでも今は、誰も月乃を急かしていなかった。

「まず、12個ではどうでしょう」

 紗江が言った。

「十二個?」

「星座柄なら、12の数にも意味があります。試作として作れる数ですし、売れ方や反応も見られます」

 藤原が、ポーチの青を眺めた。

「12なら、役割も分けられますな」

「月乃さんは図案と糊置き。染めは見ながら一緒に。縫製は、できる人を探す。表示は私がたたき台を作ります」

 紗江の言葉に、月乃の肩が少し下がった。

「私だけで、やらなくていいんですか?」

 言ったあとで、幼いことを聞いた気がした。

 けれど紗江は、すぐに笑わなかった。真っすぐ月乃を見た。

「一人で抱えないために、会があります」

 月乃の目の奥が熱くなった。

 能勢は、机の脇に置かれた端布の箱を見た。小さな切れ端が、色ごとに重ねられている。藍、朱、薄い黄、染めむらの残る白。

「端布はね」

 能勢が、ゆっくり口を開いた。

「最後に役立つのです。大きな布を裁ったあと、残ったものにも、まだ仕事がある」

 月乃は箱の中を見た。

 小さいから、足りないから、捨てられるのだと思っていた布がある。

 けれど、そこには青い夜空になれそうな布も、星の白を引き立てそうな布もあった。

 月乃は試作のポーチを机に置いた。

「12個、作りたいです」

 今度は、急がずに言えた。

「手順を、教えてください」

 紗江がうなずく。

「まずは原価表からですね」

 坂井が電卓の向きを整え、藤原が端布の箱を月乃の前へ引き寄せた。

 布が擦れる小さな音の中で、月乃は青い切れ端を一枚、そっと選んだ。

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作者について

津組セナ

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