第6話 使われなかった星の表紙画像

第6話 使われなかった星

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/1 📚 シリーズ: 星をつむぐ友禅 📝 1,726文字 ✅ 全年齢

あらすじ

絹(76)は、月乃の柄が若い頃に退けられた自作の星図に似ていると明かす。 古典を守るため、新柄を諦めた絹の時間を月乃は知る。 自分の傷と重ねかけた月乃は、分かったふりをせず「使ってよいですか」と尋ねる。 絹は金彩の道具を託す。星柄には願いを運ぶという話が本当らしく思える。

本文

 作業場の隅で、月乃は青い練習布を見つめていた。

 白抜きの星を結ぶ線は、まだ少したどたどしい。けれど、布を斜めに傾けると、灯りを受けた金の粒が小さくまたたいた。

「ここ、もう少し細くしたほうがいいでしょうか?」

 問いかけても、返事はすぐに来なかった。

 向かいの机で、絹が手を止めている。老眼鏡の奥の目は、月乃の布ではなく、もっと遠くを見ているようだった。

 月乃は筆を置いた。筆先から落ちた水が、受け皿に小さな輪をつくる。

「能勢さん?」

 絹は、ゆっくり息を吐いた。

「似ています」

「何に、ですか?」

「あなたの星の並べ方が」

 絹は立ち上がり、棚のいちばん下の引き出しを開けた。木がこすれる低い音がする。奥から、薄い和紙に包まれた一冊を取り出した。

 机に置かれた帳面は、月乃が見た図案帳よりもさらに古かった。表紙の端がめくれ、藍色の布張りは色を失っている。

「私が若いころのものです」

 絹の指が、ためらうように表紙をなでた。

 ページが開かれる。

 そこには、星があった。

 細い線で結ばれた星。空白を広く残した夜の柄。星のそばに、金彩を置く印。月乃の布より整っていて、ずっと静かなのに、目が離せなかった。

「……きれいです」

 月乃の声は、思ったより小さかった。

 絹は笑わなかった。

「そう言ってくれる人は、当時はいませんでした」

 作業場の時計が、こつ、と針を進める。

「古典の柄ではない。着物に夜空を広げるのは落ち着かない。余計なことをするな、と」

 絹は、図案の端に残った鉛筆の線を見た。

「私も、そうかもしれないと思いました。守るべきものがあるのなら、自分の考えは引っ込めるべきだと」

 月乃の胸が、きゅっと縮んだ。

 言いたいことがあるのに、言えば誰かに迷惑をかける気がする。間違っていると決められる前に、自分から諦めてしまう。

 その感覚が、喉の奥まで上がってきた。

「……私も」

 月乃は口を開きかけて、閉じた。

 違う。

 自分の痛みと、絹の時間を、同じ形にしてはいけない。

 月乃は膝の上で握っていた手をほどいた。爪の跡が、手のひらに赤く残っている。

「分かった、とは言えません」

 絹が、顔を上げた。

 月乃は図案帳から目をそらさずに続けた。

「でも、この星図を見せてくださったことは……忘れません」

 少しだけ間を置く。

「私のポーチに、使ってよいですか?」

 絹の眉が、わずかに動いた。

「そのままではなくて。私が考えた柄として、ちゃんと作ります。でも、ここにある星の置き方とか、空白の残し方を……教えてもらってもいいですか」

 言い終えると、指先が冷たくなった。

 勝手に受け取るのではなく、許されるのを待つ。その返事が怖い。

 絹はしばらく、帳面を閉じなかった。

 窓の外を走る車の光が、壁を一度だけ横切る。

「あなたは」

 絹の声が、かすかに揺れた。

「若いから、何でも新しくしたいのだと思っていました」

 月乃は顔を上げた。

「でも、そうではないのですね」

「私は、友禅が遠いものにならないようにしたいです」

 言葉が、今度はまっすぐ出た。

「着物を持っていない人にも。誰かが描いた線を、なかったことにしないためにも」

 絹の口元が、ほんの少しほどけた。

「なかったことにしない、ですか」

 絹は帳面を閉じ、隣の箱を引き寄せた。

 蓋を開けると、金色の光が、夜の灯りを受けて静かに揺れた。細い筆。小さな皿。箔を扱うための、見慣れない道具。

 月乃は息をのんだ。

「金彩の道具です」

 絹は一本の筆を、両手で持った。

「星には、金を置きなさい。光は、ただ目立つためにあるのではありません」

 月乃は手を出せずにいた。

「……私が、預かっていいんですか?」

「預けます」

 絹は月乃の手のひらへ、そっと筆を載せた。

 柄はひんやりとしていた。けれど、掌に収まる重みは不思議に確かだった。

「星柄には、願いを運ぶものだという話があります」

 絹は、月乃の練習布を見た。

「本当かどうかは知りません」

 月乃も、白抜きの星を見た。

 布の上の小さな光は、声を上げない。ただ、夜の色の中に残っている。

「……本当みたいです」

 月乃がそう言うと、絹は目を細めた。

 月乃は金彩の筆を両手で包み、深く頭を下げた。

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作者について

津組セナ

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