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第七話「雨の日の役割」

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/3 📚 シリーズ: 狐面の絵馬に願いを込めて 📝 1,244文字 ✅ 全年齢

あらすじ

試験明けの雨祭で欠員が出る。湊は手書きの案内板を作り、澄江は昔の雨天手順を持ち出し、貴乃も寝不足を隠して働く。けれど「最後までやれ」という怒声の記憶に追われ、息が浅くなる。貴乃は初めて、自分から十分休みたいと告げた。皆は黙って役割を分け直す。雨の参拝は願いが近いという言い伝えどおり、濡れた絵馬の文字が浮かび上がる。

本文

雨は、朝から境内を細く叩いていた。

屋根の端から落ちる雫が、玉砂利に黒い点を増やしていく。参道には傘の花がひらき、濡れた土と杉の葉の匂いが混じっていた。

「欠員、二人です」

社務所の入口で、澄江が帳面を抱え直した。白い髪の生え際に、雨の湿気で細い毛が張りついている。

「一人はお子さんが熱を出して。もう一人は、電車が止まったそうで」

「分かりました」

湊は答えると、濡れないよう机の奥へ紙を運んだ。太いペンを取り、段ボールの裏へ大きな字を書く。

〈雨天時 授与所はこちら〉

〈御朱印受付 拝殿脇〉

墨の匂いが、湿った空気に広がった。

「字、見やすいですね」

貴乃が言うと、湊は顔を上げずに言った。

「急いでる人ほど、迷います」

「昔の雨天手順は、これよ」

澄江が古いファイルを開く。黄ばんだ紙には、矢印と小さな文字がぎっしり並んでいた。

「傘立ては拝殿前と社務所前に分ける。列は石段を使わず、こっちの屋根の下へ。足元の悪い方には、こちらから声をかけるの」

「傘立て、足りますか?」

貴乃が尋ねると、澄江は少しだけ笑った。

「足りないのが、雨の日の風物詩みたいなものよ」

貴乃も笑おうとした。けれど、こめかみの奥が重い。試験明けから続いた寝不足が、濡れた綿のように頭へまとわりついていた。

「月城さん、授与所をお願いします」

「はい」

返事は出た。手も動く。御守を並べ、釣り銭を確かめ、濡れた台を布で拭く。

けれど、雨音が急に大きくなった。

ばらばらと屋根を打つ音が、笛の音に変わる。

『最後までやれ』

濡れた校庭。痛む足。息が上がっても、列の端から怒鳴る声。

『みんなやってるだろ』

貴乃の指から、五百円玉が滑った。硬貨が板の間を転がり、柱のそばで止まる。

「すみません」

しゃがもうとして、膝がうまく曲がらなかった。吸った息が胸の途中で止まる。

湊が何も言わずに硬貨を拾い、会計箱へ戻した。

「月城さん」

澄江の声が近い。

大丈夫です、と言いかけた。いつものように。

けれど、唇が震えた。

「……私」

雨が、提灯の紙を濡らしている。参拝客の傘が、目の前をゆっくり通り過ぎる。

「10分、休みたいです」

言った瞬間、肩が強ばった。困らせる。叱られる。そんな声が、胸の奥で一斉に顔を上げる。

けれど、誰もすぐには何も言わなかった。

湊は案内板を壁へ立てかけ、澄江は帳面を見下ろした。

「10分ね」

澄江が静かにうなずく。

「授与所は私が入るわ。湊くんは案内をお願い」

「分かりました」

「貴乃さんは、社務所で温かいものを飲んでらっしゃい」

それだけだった。

貴乃は、何度かまばたきをした。

「……はい」

声は小さかった。それでも、消えなかった。

社務所の軒下から境内を見る。傘立てには色とりどりの傘があふれ、石畳には水が細く流れている。絵馬掛けでは、雨に濡れた木札の文字が、ひとつずつ濃く浮かび上がっていた。

雨の参拝は、願いが神様へ近く届く。

そんな言い伝えを思い出しながら、貴乃は湯呑みを両手で包んだ。湯気が頬に触れ、冷えていた指先へ、ゆっくり熱が戻ってきた。

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作者について

津組セナ

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